海紅俳三昧第2会場

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第68回俳三昧09 - 俳三昧

2018/06/09 (Sat) 11:13:04

何色か足りないプリズム午後の紅茶無糖の午後     すすむ

Re: 第68回俳三昧09 - すすむ

2018/06/18 (Mon) 23:46:04

窓辺のテーブルに置いたペットボトルを眺めて作った句です。昼下がりの気怠さが伝わって良かったです。
確かに由紀さんの指摘通り「何色か」はいらない気がしてきました。ただ削るだけでいいのか、他に言い換えるか、もう少し推敲したいと思います。

Re: 第68回俳三昧09 - 聡

2018/06/15 (Fri) 23:53:26

紅茶色だから、プリズムしても多色にならないという着目、面白いなと思いました。
その物足りなさと、

午後の紅茶(おいしい)無糖→(ここまでが商品名)
           無糖の午後

無糖が句後半での、ブリッジの役割を果たして、無糖の午後=味気ない(物足りない)午後という作者の詩情へとリンクさせられていると思いました。

プリズムの色の足りなさ→味気ない午後が、深層での詩情として対応していて、味わい深いです。

色(光)、味覚、時間が複雑に組み合わせれていて、すっきりまとめるのは至難の業と思いますが、チャレンジするところが凄いとおもいます。

前半で整理できる部分を考えた時、由紀さん説(「何色か」をカット)を支持します。

個人的には、紅茶色は普通のプリズムになりえないので「足りない」までを削れるかと思います。でも普通の人にはそこまで踏み込むと分りにくさがでるかなと思いました。

Re: 第68回俳三昧09 - マヒト

2018/06/15 (Fri) 12:42:10

何色か足りないのは紅茶のせいか。
夏らしくていいと思います。

Re: 第68回俳三昧09 - 田中耕司

2018/06/15 (Fri) 07:59:23

何色がどういう状況なのかが不明なので、ちょっと解りにくい構成になってしまっているように感じる。具体的な色を言ってしまうのも一つのやり方かなと思う。はるか説と同じで二つの午後も工夫が必要かなと思った。こういう作品は、なぜか長いと感じてしまう。そう感じさせない工夫があればと思う。

Re: 第68回俳三昧09 - 吉明

2018/06/15 (Fri) 06:17:06

梅雨入りし、普段なら午後の明るい陽の差し込む明るいテーブルの上が暗く澱んでいる様な空気に包まれている。言葉を削って鋭さを求めるより、淡々と気怠い雰囲気を醸し出すという点に於いてこのままで良いように思います。

Re: 第68回俳三昧09 - 由紀

2018/06/15 (Fri) 01:20:02

具体的な色の欠落でなく、全体像から見た些末な不足感を詠んでいると解釈しました。
「何色か」を削った方が不足感が強まるかと思います。

「プリズム」から、ペットボトルの反射の光が浮かびました。
無糖でない午後の紅茶の甘味は人工的かつファンタジーと親和性が高く、完全なプリズムですね。無糖はそれに比べると現実的で、言外の対比が面白いです。

Re: 第68回俳三昧09 - はるか

2018/06/15 (Fri) 00:13:25

「午後」が二回あるのがどうも無駄に思われてしまって。
「午後の紅茶」のイメージが核になっていることは理解できるのですが。
「何色か足りない」も他の言葉で置き換えられるかも。
琥珀のプリズムとか、どうでしょう?
プリズムを外してアンバーとか色のイメージにしてみても。

Re: 第68回俳三昧09 - こう

2018/06/14 (Thu) 23:04:45

気だるい午後の様子でしょうか。午後の紅茶という固有名詞(と連想される名詞)を使うことにより、その味が想起され無糖で少し物足りない手持ちぶさた感が伝わります。
ただ無糖から無色であることは十分連想されると思うので、「何色か足りない」の部分は少し蛇足な気もしました。

第68回俳三昧02 - 俳三昧

2018/06/08 (Fri) 21:32:16

雨寺の門前に喪服の列     マヒト

Re: 第68回俳三昧02 - マヒト

2018/06/18 (Mon) 16:28:17

聡さんのご指摘の通り、ダブルミーニングではありません。
尼寺と指摘され、なるほどと思いました。

確かにちょっと書きすぎたか、もっとはぶけるところもあったかと思います。
うーん、ただどこをはぶくかは今のところ自分ではわからないです。

Re: 第68回俳三昧02 - 聡

2018/06/17 (Sun) 00:32:30

はるか説の尼寺の読みにも興を惹かれましたが、これまでのマヒトさんの作調からいうと、雨の寺を尼寺のダブルミーニングにする手法は採らないのでは?

雨/寺の門前に/喪服の列

と詠んでいると思います。

尼寺と読みたくなるのは、句頭がわずか一文字(二音)で切れる点かと。冒頭で律のつんのめり感がでてしまう気がします。

海紅では支持されませんが、こういう場合こそ一字空けの使用が効くのではないかと思います。

雨 寺の門前に喪服の列

後半の意味の重なりについては、寺を省いたらどうかとおもいます。門前のmo、喪服のmoが短いなかで律を作っているので、門前は省きたくないと思いました。

「に」の助詞については、葬列が厳粛な重みがある光景なので漢字を重ねても良いかも?

雨の門前喪服の列 

あるいは 雨の門前の喪服の列と「の」使いを三回にするとか。。。

Re: 第68回俳三昧02 - こう

2018/06/16 (Sat) 18:51:51

徐々にフォーカスを絞っていく感じが上手いと思います。フォーカスと比例して現実感が増していきます。作者の引いた目線がよりそこにある現実の重みを強調させます。

Re: 第68回俳三昧02 - すすむ

2018/06/16 (Sat) 17:37:03

短律は情景の中にも作者の視点の面白さが必要だと思います。はるかさんの評にあるように、助詞の選別による作者の視点がもう少しあってもいいと思いました。

Re: 第68回俳三昧02 - 由紀

2018/06/16 (Sat) 01:19:52

「寺」「門前」「喪服」の意味の重なりが気になりました。
しかし短律の中にこれだけ重なるとなると、作者が敢えて配置したのではとも思います。

雨→寺→門前→喪服と、段々具体的に・小さく・近くなっていますね。
句の最後で喪服にピントを合わせることにより、それまでの漠然とした死のイメージが現実的なものになると読みました。

Re: 第68回俳三昧02 - 田中耕司

2018/06/15 (Fri) 08:45:25

このところ、伯父、伯母と葬儀が続き私の両親の兄弟姉妹が全て鬼籍に入ってしまった。それは別として、尼寺までは思わなかった。おそらく作者は、葬儀に関係のない所で葬列を見ているのだろうと思った。このように何の感情も入れ込まないで、景色の一つとして冷静にみている作者を思った。

Re: 第68回俳三昧02 - はるか

2018/06/14 (Thu) 22:57:55

雨寺は尼寺を掛けてあるのかな?
門前まで並ぶほど、惜しまれた方のお葬式なのでしょうか。

ちょっと疑問に感じたのは、「門前に」が必要なのか、ということ。要素としては雨、寺、喪服の列で充分な気がします。いや、つきすぎな気もします。
あと、助詞「に」の選択はこの場合つまらないのでは?
の、を、まで、などいろいろ考えられると思います。

Re: 第68回俳三昧02 - 吉明

2018/06/14 (Thu) 17:05:37

内容が変わるわけではありませんが、雨寺と読むか、雨、寺の門前にと読むか迷いました。感情を言わず、見たものをその通りに言葉にすることで、詩情のある景色が浮かび上がってくるのは、選ばれた言葉が端的で無意識の内に詩情を感じているからだと思います。

第68回俳三昧01 - 俳三昧

2018/06/08 (Fri) 21:30:40

万わ融た緑し陰は風     聡

Re: 第68回俳三昧01 - 聡

2018/06/17 (Sun) 23:51:18

文フリで手に入れた、現代川柳誌「川柳スパイラル」第1号で、河合大祐氏の作品、「電あ波い脳す波る波こ長と血」を発見。
へえ~、柳界ではこんな形式も、いとも簡単にこなしているのか?と興をひかれました。

コンセプトは、「風のミルフィーユ」でした。

奇抜な器(表現形式)に盛るモチーフとして、おいらは正当な初夏の叙景を漢詩っぽく組んだパート1と、自分の気持ちの象徴(今回は風)をほぼ平仮名のパート2で組み合わせようと考えました。パートの接合点は「風」になります。

よろず、緑陰に融ける。私は風になる。

はるか氏の読みは八割がた当たっており、意が通ったことを嬉しく思います。

由紀さんの連弾読みのイメージは、自分の頭にはなく驚かされました。

俳三昧だからこその実験句であり、こればっかりやろうとは思いませんので、吉明さん、耕司さん、多めに見てくださいww

こうさん、すすむさんのコメントも参考になりました。皆さん、有難うございます。

Re: 第68回俳三昧01 - 由紀

2018/06/16 (Sat) 20:03:19

川柳で用いられている技法ですが、自由律俳句で使われるのは初めてではないでしょうか。
二つのフレーズが重なることにより、緑陰が磁場になるような迫力を感じます。

読み手の読解力も試される句と思います。
音読するならば二つのフレーズを一列に並べて読むのか、あるいは音を被せて読む(二人で同時に読むイメージ)のか、どちらだろうと迷い、連弾のイメージで後者をとりました。
この句の形についてもっと勉強しなくてはと考えさせられました。

Re: 第68回俳三昧01 - こう

2018/06/16 (Sat) 19:03:06

「万融陰緑わたしは風」もしくは「わたしは風万融陰緑」普通はこのどちらか形ですよね。これを格子状にして重ねてしまうのには驚かされました。とても前衛的で野心的な作品だと思いますが、欲を言えば句を重ねたことによる相乗効果みたいなものが感じられるとより良いと思いました。

Re: 第68回俳三昧01 - すすむ

2018/06/16 (Sat) 17:26:46

句のスタイルとして新しいものを感じました。面白いと思います。スタイルが前衛的な分「万融緑陰」という聞き慣れない造語を入れるとますます複雑になるので、せめてそこには分かりやすさが欲しいと思いました。

Re: 第68回俳三昧01 - 吉明

2018/06/16 (Sat) 05:39:47

はるかさんの評を読むまで謎は解けませんでした。「わたしは風」が隠れていたんですね。エッシャーの謎の絵模様です。そこまで難しくせず、せめて「万融陰緑わたしは風」くらいではダメですか、聡さんいったい何処へ行くんですか?

Re: 第68回俳三昧01 - マヒト

2018/06/15 (Fri) 12:32:01

実験的ですね。
しかし、ちょっと僕には意味がわからないです。
どういう解釈をしたものか。

Re: 第68回俳三昧01 - 田中耕司

2018/06/15 (Fri) 08:37:44

この作者の実験的な作品は、このところ色々な形でこの場に登場している。中でも今回の作品は、どういうからくりで来たのかなって興味しか持てなくなってしまっている、と感じた。はるか説の読みは、おそらく正解なのだろうと思う。もう一度言います、檀師は一句は伝えるものだと言っていました。

Re: 第68回俳三昧01 - はるか

2018/06/14 (Thu) 23:03:11

万融緑陰
わたしは風
この二つを重ねるという構造。
俳三昧にふさわしい攻め句ですね。

「万融緑陰」は当然「万有引力」を下敷にしているでしょう。
すべてを引きつけ、すべてを融かして緑陰としてしまう。わたしはそのような力であり、風である、と言っているのだと読みました。
重ねた形はすべてを融かし込むという表現なのかな?

第68回俳三昧06 - 俳三昧

2018/06/08 (Fri) 21:37:08

ふるさと日傘のうすみどり     由紀

Re: 第68回俳三昧06 - 由紀

2018/06/17 (Sun) 23:38:21

すすむさんの評の通り、新緑が日傘に転写する景色を詠みました。現実に緑色が移ることは有り得ないですが、大袈裟に表そうと試みました。
「転写」の様子を伝えるのは難しかったと反省しています。しかし「ふるさと新緑うつす日傘」のような新緑や動作を説明する句は詠みたくない、省略して表現出来ないものかと模索しています。
いただいた評を持ち帰って考えたいと思います。
皆様ありがとうございました。

Re: 第68回俳三昧06 - すすむ

2018/06/16 (Sat) 17:47:33

自分はふるさとの山道を歩く中、色がつくような木漏れ日が日傘に照り返す様子を思いました。ただ、こうさんの詠みの深さになるほどと思いました。

Re: 第68回俳三昧06 - 聡

2018/06/15 (Fri) 23:32:29

句の享受者(読者)に理解を委ねる範囲が、かなり広く設定された印象です。共感できる人と出来ない人が分かれるぎりぎりの設定の句かなと感じました。

ふるさとと日傘とうすみどりの象徴関係を探しました。助詞「の」があるため、どうしても日傘の色がうすみどりであるとしか、(自分には)読めないです。その点で難しく感じました。

お酒を包む透明フィルムに、UVカット機能があって、お酒が紫外線で傷まないようにしている商品もあります。

UVカット機能付きの半透明な日傘をさしていて、ふるさとの緑が日傘を通して薄緑に映る。

もう昔のふるさとではなく、この日傘を通した、うすみどりに滲んだもどれない世界になってしまった。みたいに読みたかったです。

ただ透明な日傘はネット検索で見つけられなかったので断念しましたw

Re: 第68回俳三昧06 - こう

2018/06/15 (Fri) 22:55:25

うすみどりの日傘の盛り上がりがふるさとの山々を作者に思い起こさせたのでしょうか。
様々な色の傘が行き交う東京で、自分もふるさとを後にした一人であることに気付きハッとしたのかもしれません。
想像をかきたてられる良い句だと思いました。

Re: 第68回俳三昧06 - マヒト

2018/06/15 (Fri) 12:38:28

日傘で何か懐かしいものでもあるのか?
あるのかもしれない。

Re: 第68回俳三昧06 - 田中耕司

2018/06/15 (Fri) 08:13:54

昔は日傘って言えば、白って決まっていたのだが、最近は着なくなってしまった着物を傘につかったり本当に色々な傘が出てきている。ただこの作品で作者は何を言いたいのか不明だと感じてしまう。短くすっきりと構成されているのだが、はるか説と同じにあいまいさを感じた。檀師は一句は伝えるものだと言っていたのを思い出させてくれた。

Re: 第68回俳三昧06 - はるか

2018/06/14 (Thu) 23:48:53

吉明さんの評も頷けますが、もう少し、手掛かりが欲しいという気もします。
日傘がうすみどりなのか、ふるさとの風景がうすみどりなのか。
両方なのだとしても、どっちを言いたいのか。
うすいベールのような曖昧さに覆われているように感じてしまいました。

Re: 第68回俳三昧06 - 吉明

2018/06/14 (Thu) 16:36:34

生まれた土地から一歩も出た事の無い人間にとって、ふるさとと呼べるところのある人が羨ましくもあり、憧れさへ抱きます。由紀さんにとってのふるさとは、優しくて柔かい、日傘のうすみどりのようなイメージであることが端的に素直な実感として伝わります。

第68回俳三昧04 - 俳三昧

2018/06/08 (Fri) 21:34:30

雨穿つジンジャーエールずっと瓶の底     こう

Re: 第68回俳三昧04 - こう

2018/06/17 (Sun) 22:41:16

聡さんのご推察のとおりジンジャーエールはウィルキンソンの瓶です。あの緑の瓶の底にちょこっとだけ残った気の抜けた炭酸ってどうも飲む気がしません。
瓶は実際には雨に打たれていたわけではありませんが、梅雨の降雨のなか緑の瓶の底で隔絶された気の抜けた炭酸が自分のように思え雨に打ち据えられているようでした。
耕司さんの言う通り作者自身の投影は薄く、そこが自分の課題だと思っております(もちろんはるかさんのような鋭く深い読みは作者として本当に嬉しいです)。
皆様の意見は大変参考になり次回の句作への活力です。
ありがとうございました。

Re: 第68回俳三昧04 - 田中耕司

2018/06/17 (Sun) 17:07:48

はるかさんの言われる通り、このままでも作者の自己の投影と感じなくてはいけないのだろうと思うのだが、私にはほんの少し軽い感じを持ってしまったので、もう少しくどい感じぐらいでもよかったかなと感じてしまったので、あんなふうに書きました。

Re: 第68回俳三昧04 - すすむ

2018/06/16 (Sat) 17:21:12

雨、ジンジャーエール、瓶の底、3つの要素が梅雨と夏の間を感じさせます。ただ「穿つ」という言葉に引っかかって自分は句意をつかめなかったです。

Re: 第68回俳三昧04 - 由紀

2018/06/16 (Sat) 13:59:16

ジンジャーエールに直接雨が降っているのでなく、コラージュのように読みました。
もしくは氷のとけた水や炭酸の泡を雨に見立てているようにも読めました。
ジンジャーの熱と液体の冷たさがこの時期の雨の体感とよく重なり、面白いです。

「ずっと瓶の底」から動かざるもの→冷静な視線が、ジンジャーエールの質感から光と熱意が想起されました。
雨に打たれようとも静かで確固たる意思を持ち続ける存在が浮かびます。

Re: 第68回俳三昧04 - 吉明

2018/06/16 (Sat) 06:12:09

はじめてこの句を読んだとき難しく考えてしまったように思います。マヒトさんの評を読んで、素直に読めば、瓶の底にいつまでも泡立つジンジャーエールが降り注ぐ雨に思えたのではないでしょうか。

Re: 第68回俳三昧04 - はるか

2018/06/16 (Sat) 00:54:40

耕司さんへ
瓶の中のジンジャーエールが作者の投影ではないかと読んだのですが、いかがでしょうか?
穿たれている、と同時に瓶によって隔てられている。
孤独感や疎外感、あるいは炭酸のイメージから焦燥感などを読み取ることも可能かな?と。

Re: 第68回俳三昧04 - 聡

2018/06/16 (Sat) 00:33:28

雨穿つ/ジンジャーエール/ずっと瓶の底の三つの要素の共通イメージを探してみました。それは液体の乱れが生み出す不安定な感情や状況という詩的イメージです。

雨が水たまりの水面を穿つ様子→梅雨の長雨
ジンジャーエール→味覚からくる夏の季感
ずっと瓶の底→ずっと湧き続ける負の感情を象徴する泡。あるいは、瓶底に沈んだままのような自分の感慨。この瓶は、ウィルキンソンの瓶でしょう。

雨穿つは、雨が自分を穿つかのような暗示も感じられます。

雨の波紋と泡の乱れ、瓶底への沈没感。「ずっと」からくる梅雨の長雨の暗示。などなどが見事にリンクされていると思いました。

Re: 第68回俳三昧04 - マヒト

2018/06/15 (Fri) 12:36:06

瓶のそこに残ったのが泡立ってるってことか。
違うかもしれませんが僕にはそういう情景が浮かびましたね。

Re: 第68回俳三昧04 - 田中耕司

2018/06/15 (Fri) 08:32:37

この作者の、毎回の挑戦ともいえる作品にはいつも驚きを感じている。ほんの少し残ってしまう瓶の底の中身、それが今回はジンジャーエールだった。それにどういう感慨を持ったのかまでは不明だが、雨を持ってきたのは時期でもあり良い組み合わせというべきなんだろう。欲を言えば、この先にある作者自身を投影してゆくような形に出来ればなんて思っている。

Re: 第68回俳三昧04 - はるか

2018/06/14 (Thu) 23:33:37

「雨穿つ」と「瓶の底」から、庭?に底を上にしてさかさに埋まっている瓶を雨が叩いている情景と読みました。
ジンジャーエール、という選択は今の季節に合う気がしますし、句の上下がウェットで重い言葉なので、カラッと爽快な印象のカタカナが非常にいいバランスだと思います。
そして「ずっと」の一語で詩情がぐっと深くなりますね。
切なさまでこの一語で醸し出されて来ると思いました。

Re: 第68回俳三昧04 - 吉明

2018/06/14 (Thu) 17:41:06

瓶の底に飲み残されたジンジャーエールの気怠い香りと淀んだ空気、それに対する「雨穿つ」その関係が鮮明である必要はありませんが、何かインスピレーションが感じられると句としての共感が生まれます。ある先輩が意味に引きずられ、意味に拘ることが日本の詩の悪いところと嫌悪されておられましたが、伝わらなくても構わないという孤独を引き受ける覚悟があるなら素晴らしい句が出来るように思います。

第68回俳三昧08 - 俳三昧

2018/06/08 (Fri) 21:39:43

ヤマボウシとんがってきらり夏空     はるか

Re: 第68回俳三昧08 - はるか

2018/06/17 (Sun) 20:09:02

初夏の空のキラキラ感を一句にしたくて「きらり夏空」とメモしていました。
ヤマボウシも句にしようとして、くっつけたらいけるんじゃないかと。
あの星のような白いガク、少女マンガの背景に飛んでいる「キラッ✧」に見えなくもないし。ですから「きらり」は作者の中では両方にかかるブリッジです。

聡案の「ヤマボウシきらり夏空」もすっきりしていいなあと思いつつ、やはり物足りなさはあります。
「とんがって」の置き換えを考えてみたものの、思いつきませんでした。
ちなみにとんがり・きらりの韻を踏むのも考えてみましたが、こちらは私の手には余りそうで、早々に断念しました(笑)

Re: 第68回俳三昧08 - 聡

2018/06/17 (Sun) 00:16:52

季節の空気感が出ていて気持ちの良い句ですね。
白を安易に入れないところはさすがと思います。

おいらも吉明さん説に賛成です。
ヤマボウシの総苞片(あの白い花びらのような部分をそう呼ぶそうです)の様子を「とんがって」とするのは説明しすぎでもったいないなと。

夏空があるので、「ヤマボウシきらり夏空」だけで、あの白が陽光に輝いている感じは十分出るのではと思います。

ヤマボウシと夏空の組み合わせだけで季節がら咲いているのは読めると思います。

おいらの場合は、「きらり」がヤマボウシの白い輝きと「夏空」のまぶしい光のトーンの両方にかかる読みのほうが好みです。

ただそれではあまりにもそっけなくなる、物足りなさが出るというのなら、「とんがって」に替わる別の言葉を置くのもありだとおもいます。

吉明さんのいうとおり、よく見た結果「とんがってきらり」としたのならその通りでよいと思います。

Re: 第68回俳三昧08 - こう

2018/06/16 (Sat) 18:56:43

「とんがってきらり夏空」良いですね。
梅雨雲を振り払って夏へ突き進む様子を感じます。まるで入道雲がぐんぐん伸びていくような。
きらりがまさに句の生命線ですよね。句のどこに置いても良い味を出すと思います。

Re: 第68回俳三昧08 - すすむ

2018/06/16 (Sat) 17:32:29

確かに「きらり」が夏空に係ってみえる恐れもありますが、句の感覚的なリズムと「とんがってきらり」が全て平仮名で続いている点などからか、ヤマボウシに引き寄せられている絶妙なバランスを感じました。

Re: 第68回俳三昧08 - 由紀

2018/06/16 (Sat) 01:33:43

「きらり」が「夏空」にも係ってしまいかねない点が気になりました。
(ヤマボウシの様子と読みました)
「夏空」の色や光は力強い上に持続性があるので、「きらり」が呑まれてしまう印象を受けました。
「とんがって」と語順を入れ換えても良いかと思います。

とても爽快感のある光景ですね。
ヤマボウシから空へと上から上へ伸びる視線も、夏らしい明るさを感じさせます。

Re: 第68回俳三昧08 - マヒト

2018/06/15 (Fri) 12:27:52

きらりで夏らしさを感じれます。

Re: 第68回俳三昧08 - 田中耕司

2018/06/15 (Fri) 08:54:24

桜木町駅のバス乗り場のそばに大きなヤマボウシの木があって、今年は特に鮮やかな白い姿を見ることが出来た。私もヤマボウシに取り組もうと思ってはいたのだが、思いが強すぎてうまくいかなかった。一碧楼の、山一つ句の夏空、院瀬見美登里さんの園児のシャボン玉遊びの句の夏空を思い出しました。

Re: 第68回俳三昧08 - 吉明

2018/06/14 (Thu) 16:21:01

とんがってきらりの繋がりが因果関係に思われてしまう危険性が有ります。どちらかを外してしまうか、他の言葉に変えても面白いですが、言葉の並びを変えても良いと思います。
しかし山法師をよく見ている作者には「とんがってきらり」で正解なのかもしれません。

第68回俳三昧03 - 俳三昧

2018/06/08 (Fri) 21:33:21

ちょっと邪魔が入ったって感じ梅雨入り宣言     耕司

Re: 第68回俳三昧03 - 田中耕司

2018/06/17 (Sun) 17:11:49

あまり歓迎できない梅雨入りって感じをどう出せるのかなって考えていた時、促音を使ったらそんな感じが出るかもわからいかなと思っただけです。それほどの想いではないほんの少しの邪魔って言いたかっただけなので。

Re: 第68回俳三昧03 - すすむ

2018/06/16 (Sat) 18:01:03

聡さんの評にある前半の軽妙さと、後半の体言止めが自分にはちょっと引っかかって感じてしまいました。前半の勢いそのままに駆け抜けても面白いと思います。

Re: 第68回俳三昧03 - 聡

2018/06/15 (Fri) 23:01:13

梅雨入りの前に猛暑日があったので、そう詠んだのかなと。

梅雨入りの句なのに、ここまでカラッとした軽快さがあるのは、前半の口語の律の良さにあると思います。

吉明さんの句のメランコリーな梅雨入りとは対照的で、爽快な梅雨入り感が興味深いです。

前半の口語による冗長すれすれの軽快さを、結句の体言止めによりピタッと安定した着地感で決めてくるのはさすがと思いました。

Re: 第68回俳三昧03 - こう

2018/06/15 (Fri) 22:48:34

由紀さんの仰るとおり、句に人柄が表れていると思います。それは偽りのない気持ちを詠んでいるからでしょう。
そういう句はてらいがなくて気持ちがいいですね。
自分は、春から夏に差し掛かるちょうど入り口あたりで梅雨の横やりが入ったイメージで解釈しました。
それにしてもはるかさんの読みの鋭さにはいつも驚かされます。

Re: 第68回俳三昧03 - 由紀

2018/06/15 (Fri) 12:46:04

「ちょっと~感じ」が可愛いと思いました。
語り口調に人柄が見えて面白いです。
また、梅雨のじめっとした鬱陶しさに「ちょっと」の柔らかさがよく合いますね。

「邪魔が入った」がストレートな言い回しの割に、はるかさんの評にもありますが読み手側の解釈の定まらない印象を受けました。
もう一つ要素があっても良いかと思いました。

Re: 第68回俳三昧03 - マヒト

2018/06/15 (Fri) 12:45:36

僕もはるかさんと同じで邪魔とは何か?
と疑問が出ました。
「ちょっと」というのは面白いです。

Re: 第68回俳三昧03 - はるか

2018/06/14 (Thu) 23:20:09

「邪魔が入った」の対象が曖昧になってしまっているのでは?
①「梅雨入り」に邪魔が入った=いいお天気
②何かをやっていたが「梅雨入り宣言」という邪魔が入った
と二通り考えられて、どっちだろう?と迷ってしまいました。
ここまで考えて、「宣言」だから①は違うかと思いましたが。
②ならば、何に対して「邪魔」と言ったか、の謎が残ります。

Re: 第68回俳三昧03 - 吉明

2018/06/14 (Thu) 17:16:31

耕司さん独特の「ちょっと」「って感じ」の言い回しを面白く思いつつも味わいに酔っているような曖昧さがあり、上手さ故の物足りなさを感じます。

第68回俳三昧07 - 俳三昧

2018/06/08 (Fri) 21:38:29

誰も乗らない最終バスで梅雨に入り     吉明

Re: 第68回俳三昧07 - 吉明

2018/06/17 (Sun) 16:53:15

現実の事柄は一つも無く全てが心象ですが、自分にはリアルな心象です。梅雨の様なジメジメとした鬱陶しい世界が好きで、居心地が良いのですが、でもそんな世界に好き好んで行きたいと思う人は他にいるはずもなく、誰も乗らない最終バスに乗って暗い世界への旅に出たいと言ったところです。ですから「で」は外せないのです。

Re: 第68回俳三昧07 - はるか

2018/06/16 (Sat) 22:30:11

聡評なるほどと思いました。
だとすると、やっぱり季節の境界を踏み越えていく感じがもう少し欲しいなと思います。
そちらメインで、誰も乗らない、あたりの説明は削ってもいいのではないでしょうか?

Re: 第68回俳三昧07 - こう

2018/06/16 (Sat) 19:08:33

私も聡さんと同じく、このバスには作者以外乗車してないと解釈して読みました。自分しか乗っていない寂しいバスが梅雨の曇天の中をゆっくり出発している様子が浮かびます。景色もそして自分の心も暗く鬱々として、そこに詩情が生まれています。
「で」が引っ掛かりました。説明的になってしまい、そのことでせっかくの詩情がすこし削がれてしまっていると思いました。

Re: 第68回俳三昧07 - 聡

2018/06/15 (Fri) 22:38:44

(自分以外)誰も乗らない(乗ってこない)最終バスで、と解釈しました。

そして、井上陽水のリバーサイドホテルの歌詞を思い出しました。

誰も知らない夜明けが明けた時
街の角からステキなバスが出る

日暮れにバスもタイヤをすりへらし
そこで二人はネオンの字を読んだ

歌詞もドラマチックですが、作者の句もある種の私小説的なストーリー性をはらんだ詩の味を持っているという事でしょうか。

最終バスは一日の終わりであり、次の日の境界を意識させます。これが、初夏から梅雨への境界へと深層でリンクしていくキーワードになっているようです。

自分以外誰もいない侘しさ。バスも自分も、丸ごと季節の境界を踏み越えて梅雨に入っていく鬱勃とした感覚。これが象徴的に配合されていると感じました。

Re: 第68回俳三昧07 - すすむ

2018/06/15 (Fri) 13:01:59

自分の存在を消す視点が、止むことのなさそうな雨と暗い車内の物悲しさを際立たせていると思います。敢えて読み取るなら助詞の「で」により作者はバスの中にいるのだと思いました。

Re: 第68回俳三昧07 - 由紀

2018/06/15 (Fri) 12:52:43

耕司さんの評の通り私も作者の位置が気になりました。
「梅雨に入り」のスケールの大きさから、バスの作者が梅雨にのまれていく心象で読みました。

度々最終バスを使っていましたが、実際暗いんですよね。
「入り」の言いさしはバスが進行している様子、そのバスが梅雨の闇に消えていく過程を表していて良いと思いました。

Re: 第68回俳三昧07 - マヒト

2018/06/15 (Fri) 12:40:43

これは自分の他に誰もいなかったということか。
バスの中でスマホで梅雨入りを知ったという感じでしょうか。

Re: 第68回俳三昧07 - 田中耕司

2018/06/15 (Fri) 08:06:28

誰も乗らないバスと言っているが、作者も乗っていないのか、このあたりが不明でわかりにくくしているように感じた。最終バスってのは、何となく意味深で考えさせるのだが、それが梅雨入りではなって?思うな。結句の入りも入るではどうなのかな。私の感じでは入ると完結したほうがいいのかなって思っている。

Re: 第68回俳三昧07 - はるか

2018/06/14 (Thu) 23:53:14

やはり助詞の選択が気になります。
「で」「に」は適当なのかどうか。
「バスの梅雨入り」くらいでは?
「で」と言うよりは、主体がバスである作りの方がいいように思いました。

第68回俳三昧05 - 俳三昧

2018/06/08 (Fri) 21:35:35

こちらは短調あちらは長調でカッコーのいる朝     通子

Re: 第68回俳三昧05 - すすむ

2018/06/16 (Sat) 17:53:27

短調・長調・カッコーの3語でうっすら韻を踏んでいるのが、実際の鳥の鳴き声のリフレインのようで心地よいです。みなさんと同じく「で」はいらないと思います。

Re: 第68回俳三昧05 - 由紀

2018/06/16 (Sat) 01:09:29

カッコーの鳴き声の違いを考えたことがなかったので、新鮮な面白さを感じました。

「カッコー」としたのが良いですね。
「カッコウ」「郭公」と比べると、最も囀りに近い響きだと思います。

Re: 第68回俳三昧05 - 聡

2018/06/15 (Fri) 22:14:15

カッコーで目覚める。これは贅沢です。地もの野菜のサラダ、目玉焼きとベーコン。香ばしいトーストとコーヒー。カッコーで朝食を。この読み方もまたうっとり♪

和食では? ん~、おいらには、カッコーと通子さんと朝には、なぜか洋食がしっくり来たのでした。

鳴き方で個体差や成長具合を聞き分けるなんて、ずっと聞いていないとわかりませんよね。そんな風に春から初夏への朝を過ごせる作者がうらやましいです。


「こちらは」で近くから聞こえる声、「あちらは」で遠くからの声。家を取り巻く森の広がりが感じられて、マイナスイオンを吸い込むようです。

おいらは後半の、カッコー「のいる」の部分がもったいなく感じました。
てにをは論が盛り上がっていますが、いっそ、すべて「は」で統一するのもありかなと思いました。

~朝はカッコーあちらは長調こちらは短調~

みたいな感じで。。。

Re: 第68回俳三昧05 - 田中耕司

2018/06/15 (Fri) 08:23:47

私も、「で」が気になった。それと二つの「は」もどうなのかなって思う。メジャーとマイナーの違いはどうなのかなんてそう感じたんだからいいと思うんだけど、長いと感じてしまう。それをどうやって解決するかが問われているように思った。

Re: 第68回俳三昧05 - はるか

2018/06/14 (Thu) 23:39:49

私もお二人に賛成します。
音に注目してみると「で」一つだけ濁音になっており、リズムがそこで止まるような感じがします。

Re: 第68回俳三昧05 - こう

2018/06/14 (Thu) 22:56:12

「カッコーのいる朝」の部分はとても清々しくイメージがひろがります。作者の観察眼の鋭さを感じます。ただ私も「で」は取れるかと思いました。因果関係がはっきりし過ぎてしまい面白味に欠ける気がします。

Re: 第68回俳三昧05 - 吉明

2018/06/14 (Thu) 16:47:00

カッコーの啼き声を短調と長調と言えるのは実際に啼き声をよく聞いているからだと思います。少し説明的に思えるのは、「で」「いる」が有るからだと思います。「こちらは短調あちらは長調カッコーの朝」でカッコーの啼く朝の清々しさが鮮明に表現されていると思います。

第68回俳三昧のお知らせ - 俳三昧

2018/06/02 (Sat) 00:17:50

梅雨の訪れを予感する季節となりました。
6月俳三昧のお知らせを致します。

今月は下記のような日程で、短期集中形式でやってみたいと思います。
まず、いただいた投句をUPし、そのまま1週間ほど掲示します。
その後、指定した3日間で句評を投稿してください。
その期間、お忙しい方は、前もってメールして頂ければ、こちらで代理で投稿いたします。

少し勝手が変わりますが、よろしくご協力ください。


投句締切  6月7日(木)
投句公開  6月8日(金)
句評    6月14日(木),15日(金),16日(土)の3日間
自解    6月17日(日)

その後の意見交換・まとめ等は各個人におまかせしますが、24日(日)には閉じたいと思います。

投句は今月当番、はるか宛に一句お願いします。

*このネット句会は海紅同人によるものですので、同人以外の方の投句及び批評はご遠慮下さるようお願いいたします。


第67回俳三昧 1 - 俳三昧

2018/05/09 (Wed) 12:38:46

水をください浅ましく齧る   由紀

Re: 第67回俳三昧 1 - 俳三昧

2018/05/31 (Thu) 15:13:26

謎めいた句でしたので、どの様な自解になるのか楽しみに待っていました。聡さんの評に有る様に案外シンプルな動機でした。作品は発表された以上、どの様に解釈されるかは鑑賞者の自由ですので、どれが正解という事は無いように思います。又、言葉は誰のものでもないので、同じフレーズであっても余り気にしなくてよいと思います。次回も活発な意見が出ることを期待しております。

Re: 第67回俳三昧 1 - 由紀

2018/05/31 (Thu) 12:30:07

肉でも野菜でも食物から水分を摂るとき、ふと彼らに依存して生きていかねばならない人間の業を感じました。
フォーラムで海紅同人の木内縉さんの句に「水をください」とありました。
句の内容も意図も全く違うものですが、後から出した自身の句が同じフレーズになってしまったことは良くないな、と思いました。
その点も含めて「水をください」の部分は要再考だと思います。

みなさま、ありがとうございました!

Re: 第67回俳三昧 1 - 聡

2018/05/23 (Wed) 21:45:43

案外シンプルな動機や状態なのかもしれません。

でも、いろいろ深く考えさせられる力をもった一句だと思います。切実さがありますし。

飲むこと、齧ることが、生きていくうえで不可欠な
、原初の本能的な真実に触れてくるからでしょうか。

この時代、本当に乾きや飢えを感じたりする部分というのは、人と人との本当のつながりとか、信頼関係とか、癒しとか、孤独の解消とか、カタルシスとか、なんじゃないか。

そんなことの象徴を感じました。

最近、現代川柳作家の「私」を詠む方向性の、先鋭的(に感じる)な作品に刺激を受けています。

由紀さんの句からも、そのようなパワーの放出が感ぜられました。

Re: 第67回俳三昧 1 - はるか

2018/05/23 (Wed) 00:33:00

何を齧るんだろう?と考えてみました。
「水をください」と言っているんだから食べると水が欲しくなる、喉がつまる?パサつく?もの。
「浅ましく」から上品なものではなく、貪るように腹を満たすために、といったニュアンスが感じられます。
だとすると、おにぎりとか、パサついたパンとかかなあ?
ここまで考えて、これは具体的に出すと詩情が削がれるからわざと省いたのだろうという結論に至りました。

Re: 第67回俳三昧 1 - 吉川通子

2018/05/20 (Sun) 19:34:27

喉が渇いて、何かに飢えていて、それを満たしたいという気持ちなのかな、と考えました。難しいです。

Re: 第67回俳三昧 1 - 田中耕司

2018/05/20 (Sun) 14:06:34

齧ると言っているが、水は齧らないよな。とすると何を齧るんだろうって疑問が生じてくるな。それもあさましくだもんな。それでいて、水をくださいと丁寧に言っている。このギャップがわかりにくくしているように感じた。少し整理してほしいと思っている。

Re: 第67回俳三昧 1 - こう

2018/05/19 (Sat) 21:30:01

現代において「水」は一番手に入れやすい飲み物だと思います。その水と浅ましい卑小な自分というギャップが上手く効いていると思います。逆境を見せることによる逆説的な力強さを感じます。

Re: 第67回俳三昧 1 - 吉明

2018/05/13 (Sun) 06:37:53

「齧る」ものが何なのか、具体的に言わないことにより、「水をください」と「浅ましく齧る」の間に無限の想像が働きます。このような比喩的な句にはいら立ちを覚える方と解釈の自由を楽しむ方がいると思います。「浅ましく」が内面を映し出していて生きる事への逞しさ、したたかさが不気味でありながら美しくも思えます。

Re: 第67回俳三昧 1 - はるか

2018/05/12 (Sat) 22:43:40

「齧る」のは何なのか、具体的に言った方が良いのでは……と考え、いや、言わない方がいいのかな?と揺り戻しが来ているところ。皆さんはいかがお考えでしょうか?

第67回俳三昧 3 - 俳三昧

2018/05/09 (Wed) 12:33:58

名前のない人濡れている五月雨   ゆきこ

Re: 第67回俳三昧 3 - ゆきこ

2018/05/30 (Wed) 16:51:09

「名前のない人」という意味は1つは記号化されている人ということです。レゴブロックの人形みたいな感じを言い表したかったです。あともう1つの意味は名前がある不自由さ、ない自由さです。そんな誰もが平等に5月の雨に濡れているという、そんな句です。
いろいろなご意見、感想ありがとうございます。

Re: 第67回俳三昧 3 - 由紀

2018/05/24 (Thu) 21:20:50

「名前のない人」から、雨で顔が消された人が浮かびました。
果たしてどんな表情をしていたのか。それを知ることが出来ない、「名前のない人」=名前を呼ぶ関わりを持てない、隔たりを感じました。
実景やネガティブな情感が五月雨に表れていると解釈しましたが、寄り添う作者のまなざしも五月雨に込められているのではないかと思います。

Re: 第67回俳三昧 3 - 聡

2018/05/24 (Thu) 01:32:33

名前がある人でも、五月雨には等しく濡れるはずだと思うと、ちょっと読むのが難しかったです。

名前のない人からは、覚えてもらえない平凡な存在、名が取り上げられない人、群を抜けない人みたいなイメージがわきました。

Re: 第67回俳三昧 3 - 吉川通子

2018/05/20 (Sun) 19:47:11

名のない草花が無いように、名前がない人なんていないけど、確かに大勢の中いたりすると、名前なんて関係なくなりますね。私には関係ない人ともとれるし。
名前のない人がいったい何なのか、確かにそちらに目がいってしまいました。

Re: 第67回俳三昧 3 - 田中耕司

2018/05/20 (Sun) 14:13:03

皆、名前のない人って?思っているんだが、名前のない人なんていないよな。そこらへんに作者の狙いがあるんだろうけど、そこにばかり気がいってしまってわかりずらくしているんじゃないかな。五月雨の語感の良さが生かされていないように感じてしまった。

Re: 第67回俳三昧 3 - こう

2018/05/19 (Sat) 21:26:04

「名前のない人」とは誰なのか。自分なのか二人称なのか三人称なのか。曖昧でミステリー小説のような不思議さがあります。後半の五月雨との取りあわせも効いていると思います。

Re: 第67回俳三昧 3 - 吉明

2018/05/13 (Sun) 06:52:11

「名前のない人」が面白く思えました。これも読み手に解釈を委ねられてしまいますが、人格の無い人、群衆の中の一人、記号化された人々、意志を持たない人、これら全てを含んでいるようで、五月雨までも無機質な感じがします。

Re: 第67回俳三昧 3 - はるか

2018/05/12 (Sat) 23:01:54

「名前のない人」がちょっと曖昧で、この曖昧さをはっきりさせると、切り口が定まって来るのでは、と思いました。
「名も知らぬ誰か」なのか、「名もなき私」とか?
一人なのか群衆なのか、によっても違ってくるように思います。

第67回俳三昧 2 - 俳三昧

2018/05/09 (Wed) 12:36:26

夜明けの波あるいは貝殻ふぞろいな永久歯  こう

Re: 第67回俳三昧 2 - こう

2018/05/27 (Sun) 19:16:32

多様なご感想をいただき皆様ありがとうございました。
特にはるかさんの句評には、わたし自身も意識していなかった点があり逆に勉強になりました。そして自分の感覚的に行っていた句作に理論的な補強を与えてくだり感謝いたします。
夜明けの波も貝殻もまたそこにいた少年もすべて現実の景色です。その風景はどこか奇妙で、でもなにか希望のようなものを感じました。
それらのオブジェクトを淡々と冷静に並列させていくことにより逆に各々のオブジェクトが際立つのではないかと思い句作した次第です。
はるかさんからご指摘いただいた「3つの要素はゆるく=イコールで繋がれていて、それぞれが互いの比喩になっている」点は言われてはじめて気がつきました。そのような視点を見出していただき大変嬉しく思っております。

皆様ありがとうございました。

Re: 第67回俳三昧 2 - 由紀

2018/05/24 (Thu) 23:05:40

闇、水に濡れた、パールのような白い発光、のイメージがそれぞれから浮かび、とても美しい句だと思いました。
単なる歯でなく、ずっと存在しなければならない永久歯であることも良いですね。

独白なのか談笑なのか、永久歯の動作は何だったか気になっています。
「夜明け」から孤独なようにも希望があるようにも読め、ネガティブとポジティブのバランスが面白いです。

Re: 第67回俳三昧 2 - はるか

2018/05/24 (Thu) 22:45:53

毎回、こうさんのチャレンジに驚かされているのですが、これはまた非常に挑戦的な構成の句ですね。こういう構成は見たことがありません。

3つのものを挙げているのですが、共通点は白いものかな?
3つの要素はゆるく=イコールで繋がれていて、それぞれが互いの比喩になっているのだと思います。

波が貝殻になり、歯になり、歯がまた波になり、句の上下を波が寄せては返すように互いに響き合っていく極めて詩的な作品となっています。

「ふぞろいな」という表現から、大きな永久歯が何本か生えた子供もイメージされて、これから何かが始まる、育ってゆく希望、予感も感じられますね。波が「夜明けの」波であることもしかり。季語はなくとも、今の季節を感じさせる言葉の選択ですね。

いやー、私も言いたかったんですけど、初手で言っちゃうと皆さんの読みを邪魔しちゃいそうで、我慢してましたー。
素晴らしいと思います!
新しいことは「わからない」とスルーされがちで、がっかりすることも多いでしょうが、めげずに挑戦を続けて欲しいな!
はて、これで合ってるかどうか?

Re: 第67回俳三昧 2 - 聡

2018/05/24 (Thu) 01:48:13

「夜明けの波あるいは貝殻」と「ふぞろいの永久歯」の二つのパートに分かれていて、文脈的には断絶していると取りました。

そしてこの二つのパートには、根底でどこか共通する詩的イメージがあるはずだとおもって読んでみましたが、捉えきれませんでした。

はるか氏がなにか、発見しているみたいなので、早くコメントを見たいですw

Re: 第67回俳三昧 2 - 吉川通子

2018/05/20 (Sun) 19:40:01

あるいはって、又は、っていうことでしょうか。
それとも、夜明けの波でもあり貝殻でもある、っていうことかしら。永久歯が不揃いなのを波や貝殻に例えたんでしょうか。
違うんでしょうね。すみません。わかりません。

Re: 第67回俳三昧 2 - 田中耕司

2018/05/20 (Sun) 14:23:59

夜明けの海ではなく、波だからな。そこに貝殻と言っている。この風景画に対して、ふぞろいな永久歯ってどこから出て来るのかなって疑問が、もう私には解けない。でもこれを否定するつもりには何故かならない。年を取ってゆくってことかも知れないと、変に納得してしまった。

Re: 第67回俳三昧 2 - はるか

2018/05/16 (Wed) 20:44:26

これはとても斬新な句で、感服いたしました。
理由はもう少し後に述べることにします。あまり早い段階で喋り過ぎてもどうかなと思いますので。

Re: 第67回俳三昧 2 - 吉明

2018/05/14 (Mon) 06:36:12

シュールリアリズムをしっかり理解していないので安易にシュールな句と言ってよいものか無責任な気もしますが、映像に置き換えると、「夜明けの波 貝殻 永久歯」です。そこにショックアブソーバーのように「あるいは」「ふぞろい」が使われていて現代詩の様な雰囲気が生まれています。シュールリアリズムの無意識の言語化に挑戦するこう君に注目しています。

第67回俳三昧 6 - 俳三昧

2018/05/09 (Wed) 12:25:51

薄い寝具へ罪と沈む   聡

Re: 第67回俳三昧 6 - 吉明

2018/05/26 (Sat) 05:31:38

句を読むことは、読む人の人生に照らし合わせてしまうので、「罪と沈む」では軽い罪悪感とか反省程度とは思えず、取り返しのつかない程の痛みを伴う罪に感じます。軽い反省でしたら罪を使わず他の言葉を飛躍させても面白いと思います。

Re: 第67回俳三昧 6 - 聡

2018/05/24 (Thu) 02:05:24

罪は大袈裟ではなく、軽い罪悪感とか反省程度の感じです。

薄い=thin(シン)
寝具=しんぐ
罪=sin(シン)
沈む=sink(シンク)

英語の正確な発音だと厳密には違うんですが、日本語の発音だと大体どれも、シンっていう感じになると思います。それと日本語の寝具を混ぜてみました。

シン、しんぐ、シン、シンクで、日本語と英語を混ぜた、陰韻を踏んでみましたw 
もちろん、これはわからなくても良い部分です。

普通の句として、夏の寝具に軽い反省をしながら眠りに落ちると取ってもらえれば良いです。

誰もわかるはずないなと思っていましたが、由紀さんとはるかさんが、読んできたので驚きました。
さすがに鋭いですね。わかっていただいて嬉しいです♪

Re: 第67回俳三昧 6 - はるか

2018/05/23 (Wed) 00:34:53

寝具とsinkが掛けてある、ありそうですね。
ちょっとわかりにくくて成功しているとは言えないかな?

Re: 第67回俳三昧 6 - 由紀

2018/05/21 (Mon) 12:43:22

英語に疎いので間違えていたら大変恥ずかしいですが、「沈む」→'sink'が、「寝具」とシンメトリーを形成していると思いました。

「薄い」が良いですね。
罪の報いの象徴である寝具が薄いことで、罪に対する心情や距離感が表れていると思います。

Re: 第67回俳三昧 6 - 吉川通子

2018/05/20 (Sun) 19:56:02

何の罪なんだろう、と。
一日の後悔?
耕司さんの言うように単なる飲みすぎならいいなと思いいました。

Re: 第67回俳三昧 6 - 田中耕司

2018/05/20 (Sun) 14:17:45

このところの天候不順で慌てて薄い寝具を出したけど、そこに寝るのが罪なのかな。この罪ってのを、言わないで考えさせている。それが成功なのかどうか、ちょっと迷うな。まあ飲みすぎちゃったなって思っているように感じたよ。

Re: 第67回俳三昧 6 - こう

2018/05/19 (Sat) 21:21:07

仕事終わりでしょうか。罪とは何気ない日常の一コマなのかも知れませんが詩情を感じました。沈むという短い言葉で肉体と精神の連関性を上手く表現できていると思います。

Re: 第67回俳三昧 6 - はるか

2018/05/16 (Wed) 20:33:27

ん~あまり共感できないのはなぜだろう?
そこはかとなくオトコ句な感じがします。

Re: 第67回俳三昧 6 - 吉明

2018/05/13 (Sun) 07:06:26

「罪と沈む」が自虐的な作者の内面をよく表していて、その姿が目に浮かびます。季節感と精神性の関りが見事だと思います。

第67回俳三昧 7 - 俳三昧

2018/05/09 (Wed) 12:24:08

黄緑のグラデーション風がなでてゆく  はるか

Re: 第67回俳三昧 7 - 聡

2018/05/26 (Sat) 00:53:57

今の推敲の感じだと、やっぱり、なでてゆくが一番しっくりきますね。

視覚のみの推敲だから、ほかの要素を入れてみてはどうでしょうか。音とか、香り、温度とか。

例えば、

黄緑のグラデーション風が奏でる

みたいな方向性ですね。

愛でるという主題から遠ざかるリスクはありますが。。。

Re: 第67回俳三昧 7 - 由紀

2018/05/24 (Thu) 12:20:52

「グラデーション」は俳句には難しい語(説明に転びやすい)ですが、こちらの句では見事に成立していると思いました。
「グラデーション」の音が流れるように読めることもあり、黄緑の景色と風が音からもイメージ出来ました。

自解の案を拝読いたしました。
「ひるがえす」も若葉の力強さを感じさせて良いですが、愛でるやさしさを思うと「なでてゆく」に軍配が上がるかと思いました。

Re: 第67回俳三昧 7 - はるか

2018/05/23 (Wed) 00:51:13

若葉の季節、木々の種類ごとに緑の色が違って、山は黄緑の色見本のようです。それも日々、成長と共に色を変えてゆきます。陽が射す、翳るでも色が変わりますね。
そして、風が吹くと葉裏がひるがえって白っぽくなります。
「風がなでてゆく」は迷ったところ。
「風がひるがえす」あるいは「裏返す」の方がイメージしやすいでしょうか?
「愛でる」気持ちも込めて「なでてゆく」を選択したのですけれども。
「風が白混ぜてゆく」とか?

Re: 第67回俳三昧 7 - 聡

2018/05/21 (Mon) 21:55:36

奇をてらわない、おおらかな詠みぶりが心地よいです。萌えでた若葉が風に裏返って、照り変える色の帯となる様まで目に浮かんできます。

こうさんの、結句へのコメントも確かにそうだなとおもいます。このおおらかさを消さないまま、もう一段はるかさんならではの描写が出たら、素晴らしいんだろうけど、やっぱり、欲張りすぎかなw

Re: 第67回俳三昧 7 - こう

2018/05/21 (Mon) 21:16:47

個人的に「グラデーション」という言葉は好きです。世の中そうそう割り切れることばかりではありませんから(笑)
黄緑のグラデーション、まさに田舎の春を切り取った巧みな言葉で、信州生まれの私としては思わず頷いてしまいます。ただ結句の「風がなでてゆく」が少し平凡に感じてしまいました。欲張りすぎかもしれませんが。

Re: 第67回俳三昧 7 - 吉川通子

2018/05/20 (Sun) 19:58:52

黄緑のグラデーションなんですね。緑までいかない、もっと明るい色の木々の様子。春になりたての山々が目に浮かびます。だから風がやさしいんだなと感じましうた。

Re: 第67回俳三昧 7 - 田中耕司

2018/05/20 (Sun) 14:43:19

横浜では、こういう感じは絶対に出てこないな。そこで、風がなでてゆくは少し物足りなさを感じてしまうな。吉明作品の雨ではないけど、風にもいろいろな言葉があるんじゃないかなって思っちゃうんだな。どうでもいいことだけど、定型では、山笑うっていうとこなんだろうな。

Re: 第67回俳三昧 7 - 吉明

2018/05/12 (Sat) 06:35:03

移りゆく季節、移りゆく色彩の美しさ、爽やかな風に吹かれた思いがします。「グラデーション」日本語で置き換わる言葉を探しましたが、ぴったりする言葉が見つかりませんでした。既に日本語になっているようです。句の中心にどっかり座っています。

第67回俳三昧 4 - 俳三昧

2018/05/09 (Wed) 12:31:54

今にも降りそう藤の花に染まる山  通子

Re: 第67回俳三昧 4 - 吉川通子

2018/05/25 (Fri) 21:12:08

相変わらず見たままですみません。
雨が降りそうだったんです。雨をとってもわかるだろうと考えましが、紛らわしかったですかね。

盛りの頃の藤の花は暗くてもよく見えるんですよ。終わりの頃には花のほうが色褪せたり、やや黒ずんで見えにくくなります。次に咲く花が主役になってくるからでしょうか。
今年は桜から次々に咲く花々がすごいです。
今はヤマボウシ、ニセアカシア。そろそろ合歓の花。桐の花はまた見たくてあの辺だったかなと探すんですが、まだ見つけられません。まだなのか、終わってしまったのかもわからないんです。

Re: 第67回俳三昧 4 - 聡

2018/05/23 (Wed) 22:12:42

去年の5月の通子さんの句は、桐の花でした。
今年は、山を染める藤の花。
美しい自然の句材に囲まれてうらやましい限りです。

吉明さんの「雨が降りそう」という読みも確かにできると思います。「今にも降りそう」の言い方は、慣用句的に、雨のイメージと直結してしまいそうです。

自分の読みとしては、暗い空の下の藤では、山を染めるようなきれいな色の冴えが出ないと思うので、やはりこれは藤の花が今にも降りそうな風情と取りたいですね。

通子さんが、藤の花が今にも降りそうな感じと詠んだとすれば、やはり雨と勘違いして読まれないように、ちょっと表現を変えるほうが良いかもしれません。

Re: 第67回俳三昧 4 - こう

2018/05/21 (Mon) 21:07:02

情景が浮かびます。作者の一義的で率直な思いが句に乗っていて、そこが本句の魅力ですね。
私も「に」は取れるかなと思いました。「に」を取ったほうが5音+5音となりリズムが生まれるかなと。

Re: 第67回俳三昧 4 - 由紀

2018/05/21 (Mon) 12:32:06

吉明さんの評にも重なりますが、「降りそう」が雨も想起させていて面白いです。
藤ののびやかな色も相まって景色のスケールの大きさを感じさせます。

「藤の花に」の「に」が「降りそう」の勢いを止めてしまっている気がしました。
「に」を消してしまって「藤の花染まる山」でリズムを作っても良いと思います。

Re: 第67回俳三昧 4 - 田中耕司

2018/05/20 (Sun) 14:37:41

藤の花の盛りを迎える山を毎日見ている作者の気持ちが、一句に出ている。藤の花の姿を思うと降るのは富士の華であってほしいと思うな。この作品のような、ストレイトに景色を一句にしたと考えると、絶対にかなわないなって思わされちゃうんだな。

Re: 第67回俳三昧 4 - 吉明

2018/05/13 (Sun) 07:30:41

「今にも降りそう」を藤の花の姿と捉えるとはるかさんの評の様に説明的でくどいとも思えますが、「今にも降りそう」なのは雨と捉えると大気の湿度や「藤の花に染まる山」の色彩の移ろいが感じられて季節の到来を告げているように思えます。

Re: 第67回俳三昧 4 - はるか

2018/05/12 (Sat) 23:14:33

たぶん見たまんまなんだろうなあ。
藤がすごい山、ウチの近くにもあるので、想像できます。
「今にも降りそう」が説明的なので、もう降ったことにしてはどうでしょうか?
「染まる」も何か他の言い方はないかなと考えています。
私も「いちめん」とやったらばっさりありがちと斬られた覚えがあるので、何とも言いにくいのですが。

第67回俳三昧 8 - 俳三昧

2018/05/09 (Wed) 12:21:23

粉糠雨ことのはてのひらに溢れ   吉明

Re: 第67回俳三昧 8 - 由紀

2018/05/24 (Thu) 12:27:13

粉糠雨は生命力と儚さの相反する要素を持っていますね。
繊細かつ真摯なことのはなのだと思いました。

雨を他者の存在と読むか作者の分身と読むか迷いました。
前者で読みましたが、どちらで読んだとしても口ではなく直接言葉を発しないてのひらであることが意味を持つと思いました。

Re: 第67回俳三昧 8 - 吉明

2018/05/24 (Thu) 05:57:19

句にしようと思った事柄は生々しく猥雑なものでしたが、それを隠すように幾重にもオブラートに包み、角を取っているうちに全く違った薄い句になってしまいました。その様な句の作り方も有ると思いますが、長いこと句を作ってきたテクニック(悪癖)だと思います。昔のような句が作れない力の衰えに歯がゆさを感じています。

Re: 第67回俳三昧 8 - 聡

2018/05/23 (Wed) 21:56:22

作者の心の掌に、ことのは=詩が少しずつ溜まってあふれ出してくるのを、じっと待っている。

そんな詩的次元での時間のゆっくりした流れを感じます。

粉糠雨は、詩の元、いつのまにか心が濡れそぼつような無意識的詩情を象徴しているように感じました。

Re: 第67回俳三昧 8 - こう

2018/05/21 (Mon) 21:12:45

「粉糠雨」という言葉を知りませんでした。いわゆる「霧雨」なんですね(これは秋の季語ですが)。とてもきれいな言葉ですね。
「ことのはてのひら」の韻律も素敵です。
優しさとともに幻想的な雰囲気もあり、日本版フェアリーランドといった感じですね。

Re: 第67回俳三昧 8 - 吉川通子

2018/05/20 (Sun) 20:35:24

細かい雨でもびっしょり濡れてしまいます。掌から雨がこぼれるくらい、何か言葉が溢れてきたことを詠まれたのかなと思いました。
はるかさんの雨の呼び方まで及びませんでしたが、なるほどと思いました。

久しぶりに、粉糠雨降る御堂筋、、の歌を思い出しました。

Re: 第67回俳三昧 8 - 田中耕司

2018/05/20 (Sun) 14:29:28

五月雨とか、この作品の粉糠雨なんていい言葉だなって感心してる。はるか説のような言葉までは知らないけれど、日本語の良さを改めて思わされている。作者のことだから、色々考えがあるんだろうけど、わたしは、日本語の良さだけでいいと思った。

Re: 第67回俳三昧 8 - はるか

2018/05/16 (Wed) 20:29:58

てのひらで雨を受けたのかな?
それで、一句にしようと思ったら、雨にもいろいろ名があって、言葉がてのひらから溢れるような気がした。そういうことかなと思いました。
実際調べてみたら本当にいろいろあって、今の季節なら「翠雨」とかきれいですね~。「栗花落」「堕栗花」で「ついり」と読むなど、日本語の美しさを改めて感じます。

第67回俳三昧 5 - 俳三昧

2018/05/09 (Wed) 12:28:59

こうしてジャスミンに幻惑されてしまった  耕司

Re: 第67回俳三昧 5 - 田中耕司

2018/05/23 (Wed) 08:00:54

近頃は、沈丁花も金木犀も匂いというか香りというか弱くなってしまっている。そんな中で、ジャスミンだけは強烈な香りで何とも言えない存在感を持っている。毎年この時期になるとジャスミンの香りに幻惑されているように感じている。そういえば、レッド・ツェッペリンの幻惑されてってどんな曲だったっけて思っていた。

Re: 第67回俳三昧 5 - 由紀

2018/05/22 (Tue) 00:21:07

幻惑される作者の姿にきゅんとしました。

「こうして」がいいですね。
経過があることで、ジャスミンがたくさん咲いている様子や、香りにとりかこまれる様子が浮かんできます。
ジャスミンの色は様々らしいですが、この句は白で読みたいと思いました。

Re: 第67回俳三昧 5 - 聡

2018/05/21 (Mon) 21:43:33

こうしての出だし、先輩俳人の山崎多加士さんから続くポエジーの水脈を感じます。味わい深いです。



Re: 第67回俳三昧 5 - こう

2018/05/21 (Mon) 21:22:00

シンプルかつダンディーな句ですね。
思わずポツリとこぼれた一言のような、そんな渋さを感じます。このさりげなさが良いですね。
どうでもいい話ですが、レッド・ツェッペリンの「幻惑されて」を思い出しました(笑)

Re: 第67回俳三昧 5 - 吉川通子

2018/05/20 (Sun) 19:50:34

噎せるような甘い香り、惑わされても仕方ないですよね。
今年はどの花もとても勢いがあるように感じています。

Re: 第67回俳三昧 5 - 吉明

2018/05/13 (Sun) 07:17:30

「こうして」から始まることにより、物語の語り出しのような気にさせられます。そしてはるかさんの評の様にその先が見たいと思わせます。カッコいい音楽のイントロだけ聞いた気がします。

Re: 第67回俳三昧 5 - はるか

2018/05/12 (Sat) 23:24:49

「ジャスミン」「幻惑」この二つが核だと思うのですが、だとするともう少し違う切り口が見てみたいなあ、と思いました。「幻惑」されたその先が見たい、というか……。

第67回俳三昧 - 俳三昧

2018/05/09 (Wed) 12:42:16

本日、皆様からの投句を公開いたしました。
楽しいコメントも添えていただき有難うございました。
誤字、脱字表記の間違いが御座いましたらご一報下さい。
それでは忌憚のないご意見をお待ちしております。

第66回俳三昧 - 俳三昧

2018/04/15 (Sun) 11:42:51

海の色はるのいろ半分なつのいろ半分   ゆきこ

Re: 第66回俳三昧 - ゆきこ

2018/05/05 (Sat) 20:40:50

自解、遅くなってしまいすみません。
時間も精神的な余裕もない毎日でした。皆さんがいろいろな意見、感想言ってくださり感謝です。ありがとうございました。
海って意外に早く夏になることを色で感じました。
海の色はるいろなついろ半分ずつ
にします。

Re: 第66回俳三昧 - 聡

2018/04/30 (Mon) 11:53:10

自分の中では、海の句といえばゆきこさん!という印象で固まっています。これまでもいろいろな角度からの海の句を拝見しましたが、こんかいは春から夏への海の色の移り変わりという視点が興味深かったです。

ずっと詠み続けられるテーマを持っているって強いなと思いました。

Re: 第66回俳三昧 - 田中耕司

2018/04/20 (Fri) 07:54:25

二回繰り返している半分がくどいなと思った。何とか一回で済ませられるといいんだけどって思った。海の近くで暮らしている作者は、色々な角度から海に対している。昔ある先輩から句作って繰り返し同じ題材にとりくむことだといわれた。これを続けて行くと自然なスタイルが身についてくると思うな。

Re: 第66回俳三昧 - すすむ

2018/04/19 (Thu) 22:52:16

いっそのこと「海の色」を最後に持ってきた方がリズムもいい気がします。「はるのいろ半分なつのいろ半分うみの色」。

Re: 第66回俳三昧 - 由紀

2018/04/19 (Thu) 13:23:06

はるかさんに同じく、「海」を結句にうつしても良いかと思いました。
はるのいろとなつのいろの合わさった海のスケールが出るかと思います。

春の色も夏の色も私は存じませんが、知らない相手にも景色をイメージさせる言葉が選ばれていると思いました。
綺麗な色の混ざりあった海が見える気がしました。

また4月の時点ですでに夏の気配が句に表れていて面白いです。
既に夏日のある今年の春ならではですね。

Re: 第66回俳三昧 - はるか

2018/04/18 (Wed) 21:25:36

「海」を頭ではなく、後に持ってくるのはどうでしょう?
半分なのは何だろう?と思わせてから、最後に海であると言った方がいいような気がしています。「いろ」「の」の繰り返しも少し整理するとすっきりします。
はるいろ半分なついろ半分の海
くらいではいかが?物足りなければ、最後を「海にいる」など、動詞を加えてもいいかもしれません。

Re: 第66回俳三昧 - 吉川通子

2018/04/17 (Tue) 10:23:27

海をよく見ているから作れる句なんですね。山もそうですよ。省けるところはあるかもしれませんが、句まで波打っているようで素敵です。

Re: 第66回俳三昧 - 吉明

2018/04/17 (Tue) 06:13:52

一読してレアな感じがしてまどろっこしい印象を受けました。こう君の案もなるほどと思いますが、半分がこなれてないように感じるので、いっそ「海の色はるのいろとなつのいろ」ではどうでしょうか。

Re: 第66回俳三昧 - こう

2018/04/15 (Sun) 21:28:31

海とともに暮らすゆきこさんらしい句だと思います。
定期的に海をみていないとなかなか作れないんじゃないかと。リズムを良くするために、
「海の色はるいろ半分なついろ半分」
と、「の」を取るのも手だと思いました。
若しくは「の」を取らず、最後の「半分」を取ってしまってもよいと思いました。


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