海紅俳三昧第2会場

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第91回俳三昧05 - 俳三昧

2020/06/12 (Fri) 15:23:05

ユズリハ譲りきって清しいみどり   はるか

Re: 第91回俳三昧05 - 俳三昧

2020/07/03 (Fri) 19:37:37

やってしまったかな…。
直すとだいたい、原句の方が良いと言われる俳三昧現象?
それだけ、自分の句を客観視するのは難しいということか。
ここは大人しく、お二人に従って原句の通りとします。
しかし、この試行錯誤こそが学びだなあと思いました。とても面白かった。様々なご意見ありがとうございました。

Re: Re: 第91回俳三昧05 - 秀雪

2020/07/02 (Thu) 22:08:45

⑤は、なんとも「はるか節」ですが、「なんと」が少々おおげさなような
気もします。それなら私は原句のほうがいいと思います。
それにしても自由律俳句はむずかしいですね。
耕司さん、吉明さんの鋭いご意見に、身が引き締まる思いです。

Re: 第91回俳三昧05 - 吉明

2020/07/02 (Thu) 06:06:46

試行錯誤の上の結論だと思いますが、原句の美しさや作者の精神性はどこに行ってしまったのでしょうか。妄言お許しください。

Re: 第91回俳三昧05 - はるか

2020/07/01 (Wed) 21:48:11

①ユズリハ譲りきって清しい
②譲りきってユズリハ清しい
③譲りきって清しいユズリハ
④ユズリハ譲りきってなんと清しい
⑤譲りきってユズリハなんと清しい

「みどり」を削って何パターンか考えてみました。
単純に削った①か、「清しい」を強調する④か、と考えていたのですが、耕司さんの評を受けてさらにユズリハを下に持ってくるパターンを考えました。

③あるいは秀雪さんにご提示いただいた形が耕司さんの評に従う形になると思いますが、リズムが今一つと感じました。

結論。⑤に決めたいと思います。「譲りきって」から入ると「何を譲るんだろう?」と思わせる効果も見込めますね。

耕司さん、秀雪さん、「みどり」を推してくださった方も、ありがとうございました!

Re: Re: 第91回俳三昧05 - 秀雪

2020/07/01 (Wed) 18:51:49

譲りきって清しいみどり ユズリハ

思わず一字空けてしまいました(くせで(--;))が、確かに、これ、いいですね。
面白いです🎵

Re: 第91回俳三昧05 - 田中耕司

2020/07/01 (Wed) 16:15:01

作者のすわりがいいというのを読んで、何か忘れているような感覚が消えなくてそれは何だろうと考えていた。まだ若い三十代のころある先輩から言われた言葉を思い出した。作者には、余計なことかもしれないが言われたままをここに書いておきます。結句にすわりがいいと感じるのは一句が出だしの言葉の全体を説明して最後に結論としてすわりの良い言葉を置いてこれで説明終わりってなってしまうからだと言われた。このようなつくりの場合、最初のユズリハを結句に持ってきた方がすっきりすると思うがなって言われたのを思い出した。以上、余計なことを言いました。

Re: 第91回俳三昧05 - はるか

2020/06/27 (Sat) 22:08:23

下に古い葉をぶらさげているので、ユズリハの若葉はことに目立ちます。古い葉が落ち切ったときのみどりの色がとてもフレッシュに感じられました。

「みどり」については耕司さんに痛いとこ突かれたと思いました。「みどり」を最後に置くとすわりがいいんですけど、意味的には言わなくてもいい。ない方がいいかな…。ちょっと考えます。

Re: 第91回俳三昧05 - 秀雪

2020/06/24 (Wed) 12:08:45

ユズリハに馴染みがなく、というか、意識して見たことがなかったので、皆さまの評を待っていました。
なるほど、古い葉が落ちて、新しい葉に「譲る」のですね。おかげさまで、見えてきました。ステキな句です。
ひとつ気になるとすれば、結句の「みどり」ですが、
私は賛成派です。これにより、作者の感動がリアルに伝わってくるように思います。

Re: 第91回俳三昧05 - 直弥

2020/06/24 (Wed) 09:46:41

ぐるっと円形に並ぶ葉の形が個性的ですよね、ユズリハ。正直、自分の中では季節の植物として意識したことがありませんでしたが、日常に溶け込んでいる緑に改めて気付かせてくれる句です。 個人的に、新緑の季節のモミジは澄んだ緑色が素敵で、好きな葉のひとつです。。

Re: 第91回俳三昧05 - 吉明

2020/06/17 (Wed) 16:28:27

はるかさんの内面が浮き出ている句です。ユズリハから触発されて自然に出てきた「譲りきって」、それははるかさんの辿り着いた今現在の境地であり、願いでもあり、清しくも思えます。

Re: 第91回俳三昧05 - 田中耕司

2020/06/16 (Tue) 14:52:36

ユズリハって古い葉っぱが落ちると新しい葉が出るので縁起がいいと言われて、私の育った横浜の下町では、商家の 
お正月のお飾りに入っていたな。ただこの一句では、季節の変わり目での事なので、この場合も新緑ともいえるわけなんだろうな。気になったのは、清しいの後にみどりがどうかなと思っている。

Re: 第91回俳三昧05 - 石川聡

2020/06/14 (Sun) 00:38:29

春先に若い葉がでると去年の葉っぱが落ちるらしいですね。縁起物の木だっていうから、この辺にも植えられていると思いますが、いままで意識してみたことはありませんねぇ。譲り切った時点での季節感というものが明確に示されて、結句のみどりが際立ちますね。

第92回俳三昧のお知らせ - 俳三昧

2020/07/01 (Wed) 22:30:59

俳三昧の皆さま

7月1日、こちらは梅雨らしい、降ったりやんだりの天気でしたが、皆さまのあたりは如何でしたでしょうか。

さて、7月の俳三昧のお知らせです。

投句締切:7月8日(水)  

はるか宛に一句お送りください。
その後のスケジュールは次の通りです。

~19日(日) 句評
20日(月)~月末まで 自解・意見交換・まとめ

皆さまからの投句をお待ちしております。


※メールが届いていない方がいらっしゃいましたら、恐れ入りますがお知らせください。
※俳三昧は海紅同人による句会です。
同人以外の方の書き込みはご遠慮くださいますようお願いいたします。

第91回俳三昧08 - 俳三昧

2020/06/12 (Fri) 15:16:37

母をさがす子どものままでいる   吉明

Re: 第91回俳三昧08 - はるか

2020/07/01 (Wed) 21:23:45

すみません、評が抜けてしまっていました。
すっと心に入って来る、普遍性があるという評に私も賛成します。
っていうか、これ私のことじゃないですか?
いつまでたってもコドモのままの自分を持て余しています。

Re: 第91回俳三昧08 - 吉明

2020/06/29 (Mon) 06:05:46

一時休排していましたが、自由律俳句を40年以上も作り続け、作れば作るほど分からなくなりました。それでも諦めず何の知識も方法も身に着けず、これからも無防備のまま続けてゆこうと願う思いです。

Re: 第91回俳三昧08 - 直弥

2020/06/24 (Wed) 09:48:45

シンプルさが光る句です。普遍的な主題だからこそ、その素朴さが読む側に深く響きます。
落ち着かないニュースが日々続きますが、そんな時にすっと心に入ってくる句です。

Re: 第91回俳三昧08 - 秀雪

2020/06/16 (Tue) 22:07:29

母が恋しいや、母を想う、のではなく、母をさがす子ども、というのは随分と酷な情況かな、と思いました。
「母をさがす子どもの」状態は、とても不安で苦しいものです。
では作者にとっての「母」とは?
それは俳句の深奥、真の俳句の象徴とでも言うべきものかもしれません。
作者の俳句への思いは、相当に深いものなのでしょう。
そして今も「母」を求めて歩き続ける作者の姿が見えます。まるで、
うしろすがたのしぐれてゆくか
の境地。

Re: 第91回俳三昧08 - 田中耕司

2020/06/16 (Tue) 14:59:06

昔付き合っていた彼女に、男はみんなマザコンなのよって言われたのを思い出したよ。これは作者の願望なんだろうと思わせといて、まるっきり違う作りをしてるんじゃないのかと疑心暗鬼にさせるな。なんか深いものを感じるんだけど、その正体が見えてこないんで困ってる。

Re: 第91回俳三昧08 - 石川聡

2020/06/14 (Sun) 00:22:31

母恋いの句。普遍性を感じます。湿っぽすぎないように押さえているところが良いと思います。

第91回俳三昧03 - 俳三昧

2020/06/12 (Fri) 15:28:06

しぁるしぁると鳴るギシギシが鳴る 遠雷  秀雪

Re: 第91回俳三昧03 - 秀雪

2020/06/29 (Mon) 10:28:34

はるかさんの評が、見事に私の思いを表して下さっています。頭が下がります。
では、少し付け加えさせていただきます。
ギシギシは近くでよく見ると、小さなシンバルと鈴がたくさん付いているようで、かわいくて大好きな草です。
しぁるしぁる、は、実際の草のそよぎであり、小さな鈴の音の幻聴でもあります。辺りが急に薄暗くなり、そのそよぎと小さな幻聴が不安を誘うようなシチュエーションです。
この句に関しては、あまり説明はしないほうがいいと思っています。感覚的に何かを感じ取っていただければ良いな、と。

Re: 第91回俳三昧03 - はるか

2020/06/27 (Sat) 21:07:34

ギシギシの花なのか実なのか、ちいさな円盤状のものがいっぱいついているんですよね。それが群生する中を漕ぐように歩いていく。なんだか世界にたった一人みたいな物悲しい気分になって。遠くに雷も響いて、風も吹いて、ますます奇妙な寂しさのなかに閉じこめられたように感じている。
遠雷以外は私が実際に経験した感覚です。この句を読んで見事に重なりました。

何と言っても「しぁるしぁる」が良いです。
…と鳴る…が鳴る という形にしたのは「しぁるしぁる」と「ギシギシ」を近づけて置くと殺し合ってしまう(ちょっと物騒な言い方ですが)からでしょう。
さらに、リフレインとも対句とも言える効果が追加されます。

「遠雷」は実景のように思いました。また、「遠雷」を置くことで、空間的な広がりが出ると思います。近くの草擦れ、遠くで響く不穏な雷。二つの音はかなりの距離を持っています。

一字あけに異論は出て来るのでしょうが、距離感や空間的広がりを表現したかったのではないかと読みました。

Re: 第91回俳三昧03 - 直弥

2020/06/24 (Wed) 09:43:41

読み進めるに連れて、雷がゆっくりこちらに近付いて来るように読み取れました。
「と」と「が」の使い分けがおもしろい。雷が「気配」から徐々に「実体」へ変化している様が伝わります。

Re: 第91回俳三昧03 - 吉明

2020/06/18 (Thu) 07:17:00

「ギシギシ」いかにも生命力の強そうな地にへばり付いて自生する植物に思えました。秀雪さんのイメージにも繋がりました。昔し観た映画「遠雷」は東京近郊のトマトを栽培する若者の物語でしたが、薄暗くなった彼方の空に鳴り響く雷を見上げる若者の姿を思い出しました。

Re: 第91回俳三昧03 - 吉明

2020/06/17 (Wed) 17:29:12

調べてみました。確かに有るんですね。
昔、地方の同人が沢山いらした頃、知らない植物を随分読み違えました。再度鑑賞いたします。失礼いたしました。

Re: 第91回俳三昧03 - 秀雪

2020/06/17 (Wed) 17:08:40

ひとつだけ言っておきます。「ギシギシが」です。
ギシギシという植物があります。
では。

Re: 第91回俳三昧03 - 吉明

2020/06/17 (Wed) 16:52:18

俳句にとってオノマトペは効果的に使うと独自性を醸し出す大きな要素に思えますが、二つを使うと句が分裂して効果が半減してしまいます。二つとも音として使っていて鳴るも二つあるので余計にうるさく感じますが、それで意識的に遠雷のけたたましさを描こうとしたのでしょうか、本当のけたたましさは静寂の中にあるように思っております。

Re: 第91回俳三昧03 - 田中耕司

2020/06/16 (Tue) 14:43:06

一碧楼も擬音の使い方がすんごく上手いんだよな。それはともかかく擬音に何かを感じさせといて一字あけで遠雷ってしてある。私は一字あけとか、”、”とかは使わないしというか使えないって言った方が正確だけど、私には作者が思っている以上に効果は上がらないのじゃないかと思っているのだが、どうなんだろう。よく使う人にやさしく説明してもらいたいと思っているよ。

Re: 第91回俳三昧03 - 石川聡

2020/06/14 (Sun) 01:09:56

秀雪さんのオノマトペ句どれも面白いですね。
他の句で、「ごびゅるびっ」っていうの、衝撃的でした。

しゅるしゅるって第一発想だと花火なんですが、葉擦れの音と取ってみました。ギシギシは窓や雨戸の音。
両方とも風由来。
そして字空けの後の遠雷。音同士の二物衝撃を狙った句かなと。

第91回俳三昧07 - 俳三昧

2020/06/12 (Fri) 15:18:22

無彩色の私に紫陽花の彩り   ゆきこ

Re: 第91回俳三昧07 - はるか

2020/06/27 (Sat) 21:56:55

「無彩色」から「彩り」へ、という流れなので、確かに希望なのでしょう。逆に置かれていたら、絶望感や無力感が強調されることと思います。

コロナ自粛により生活が無彩色になったように感じていたのでしょうね。
今頃はいろいろ気を遣いつつも、日常を取り戻しているでしょうか。
頑張れ、ゆきこ先生!

Re: 第91回俳三昧07 - 直弥

2020/06/24 (Wed) 10:13:46

■訂正:直弥です。

冒頭「無色彩」としましたが、正しくは「無彩色」でした。失礼いたしました。

Re: 第91回俳三昧07 - 直弥

2020/06/24 (Wed) 09:41:21

「無色彩」がしっくり来ます。これが「白地」「無色」或いは「透明」では、どこか無機質な印象になってしまっていました。
暖色の草花が少ない梅雨時に、紫陽花の存在を見直すような句です。

Re: 第91回俳三昧07 - 秀雪

2020/06/20 (Sat) 12:31:55

無彩色をどう取るかで読み方が変わりますね。
私は、聡さんの評にある「疲れているのでは」というものに近いですが、何となく無気力になっているように感じてしまいました。
それでもこの時期になれば、紫陽花たちは色とりどりに咲き誇ります。それを見て、徐々に自分の色を取り戻してゆくような。ですから、確かに希望は感じます。
では、ゆきこさんは一体、何色に染まってゆくのでしょう。

Re: 第91回俳三昧07 - 吉明

2020/06/17 (Wed) 16:13:28

紫陽花の彩の中にいると余計に自分の無彩色を意識してしまいます。無力な自分のちょっとした絶望感にも思えます。

Re: 第91回俳三昧07 - 田中耕司

2020/06/17 (Wed) 06:45:58

昔、檀師に無彩色って暗いですか、重いですかって聞いたことがあって、その時暗いとか重いとかではなくて作者のその時の心持ちだと言われて自分で考えなくちゃって思い知らされた。この作品の場合は、本当に自分の気持ちを紫陽花のいろいろな色をどう感じているのだろと思わせている。まあ時期もそういった気分にさせるころだからな。こういった作品の場合、もう少し内面をむき出しにしてもいいかなって思ってる。

Re: 第91回俳三昧07 - 石川聡

2020/06/14 (Sun) 00:26:26

ゆきこさん、疲れているのでしょうか。自分の精神状態とか存在感を白黒(無彩色)に感じているということですから。紫陽花までモノクロではなく、有彩色としている点で希望を感じます。そして紫陽花の色が染みてきます。

第91回俳三昧06 - 俳三昧

2020/06/12 (Fri) 15:20:46

一枚のプールを畳み男がひろげる記憶のタオル  聡

Re: 第91回俳三昧06 - はるか

2020/06/27 (Sat) 21:45:10

私は心象句と読みました。
四角いプールの形から、それをイメージの中でたたんでいて、もう一度広げる時はいつのまにかタオルになっている、という映像。その後は男の幼い頃の思い出が流れ、最後に男の顔のアップか全身のシルエットでエンディング。
短い動画かアニメーションの映像のように感じられました。

私も兄も水泳は苦手で、兄が小学校の発表会で25mを泳いだ時、ナナメに泳いで隣のコースにゴールしていたことを覚えています。兄はどうか知りませんが、私が水泳苦手だったのは、父がさんざん眼病になるぞと脅かしたせいです。コドモになんてことしてくれるんじゃ~。今でも忘れられない、夏の思い出。

Re: 第91回俳三昧06 - 直弥

2020/06/24 (Wed) 09:42:39

自分も耕司さんの評から、畳む=ビニールプールで納得しました。(最初は25mプールを想起してました)

男の「タオル」はプール後の濡れた子供を拭くのか。そして「ひろがる記憶」とは?具体的に踏み込んではいませんが、男の幼い頃の記憶がフラッシュバックしているのでしょうか。

Re: 第91回俳三昧06 - 秀雪

2020/06/19 (Fri) 07:30:54

耕司さんの評を読んで、ああそういう風に読めるんだ、と納得しました。
作者のことですから、私も吉明さんと同じく、抽象的なイメージ句として読んでいました。
付け加えるならば、淡々とした描写から受ける印象として、この男、しばし「記憶のタオルをひろげ」たのち、おもむろにそのタオルを畳み、新たな一枚のプールをひろげてゆくような気がしてなりません。
運命というものを粛々と受け入れてゆく、半ば諦めきった男の姿が見えるようです。

Re: 第91回俳三昧06 - 吉明

2020/06/17 (Wed) 17:21:17

創るたびに色々なチャレンジをする聡さんが、いつかどのような所に辿り着くのか、自分とは全く違う道を歩いているので逆に励みになり勇気を貰っています。この句も詩的な言葉が満載されていますが、具体性は薄く抽象的なイメージの集まりとしての夏の終りの切なさを感じました。

Re: 第91回俳三昧06 - 田中耕司

2020/06/16 (Tue) 14:15:10

プールをたたむと言っているので子供の小さなプールを思った。そして記憶のタオルを広げているのは過去の思い出を忘れられない少々情けない大人なのかな、こんな風にしかとらえられない情けなさをつくづく感じさせられているよ。

第91回俳三昧04 - 俳三昧

2020/06/12 (Fri) 15:26:05

人の道はばかりもせず青アジサイ   こう

Re: 第91回俳三昧04 - はるか

2020/06/27 (Sat) 21:24:54

ひとつ疑問に思ったのですが、青アジサイって青い色の紫陽花が咲いている状態でしょうか?
一読して、私はまだつぼみの状態の紫陽花かと思ったのですが…。
こちらと首都圏の季節差を考えると咲いている状態なのかな…。

つぼみと読んだのと、直弥さんの頭の句の余韻もあってか、頭をグイグイ突き出して来る中学生?みたいな感じを受けました。

カタカナの「アジサイ」のチョイスが擬人化されたアジサイの個性や表情まで想像させてくれると思いました。

Re: 第91回俳三昧04 - 直弥

2020/06/24 (Wed) 09:47:44

あじさい特有の花と葉のボリューム感を「はばかりもせず」とした点が見事。

よく観察してみると枝の一本一本はか細く、弱弱しささえある紫陽花ですが、「人の道」にせり出すその姿には何か強い意思のようなものを感じます。

Re: 第91回俳三昧04 - 吉明

2020/06/17 (Wed) 16:03:26

よく見かける道にはみ出るように咲いた紫陽花の様子を詠んだ句と思いきや「人の道は」と限定的な「は」を入れることにより象徴的な句になっています。「はばかりもせず」ですので、人間の自己顕示欲のようにも感じます。

Re: 第91回俳三昧04 - 秀雪

2020/06/17 (Wed) 14:42:46

この句は青紫陽花が咲き乱れている様子を(言ってみればありきたりな風景を)詠みながら、どこか新しさを感じます。
それは、「人の道」と「はばかりもせず」にヒントがあるように思います。
「人の道」は当然、実際の道路(ここでは小道のイメージ)に加え、人道(じんどう)をも意味していると思いました。
「はばかりもせず」ですから、我善しの風潮への批判、警告めいた雰囲気もあります。そして青紫陽花が説教臭さを緩和して、さらっと読ませてくれているようです。
ただしその場合、青紫陽花が象徴するものとは何か、とても気になります。

Re: 第91回俳三昧04 - 田中耕司

2020/06/16 (Tue) 14:30:07

アジサイって、大体道にはみ出るように育ってくるんだよな。そして、人間の方が少し不満なんだけどよけて通ってる。この句の場合、青アジサイとするのもいいのだがアジサイには青もあるというようなアプローチも考えてみるとまた違った側面が感じられるんじゃないかと思っている。

Re: 第91回俳三昧04 - 石川聡

2020/06/14 (Sun) 01:23:09

青紫陽花が盛んに茂って咲いてきた様子がさらっと詠んであります。ミニマリズムを感じます。平明で詩情も豊かで独自性もある句。この方向性で、既視感が出ないように詠むのは相当ハードル高いです。
こうさんのチャレンジだと思います。

第91回俳三昧02 - 俳三昧

2020/06/12 (Fri) 15:31:16

あたま撫でる紫陽花の頭   直弥

Re: 第91回俳三昧02 - はるか

2020/06/27 (Sat) 20:27:54

撫でちゃうの、わかるなあ。庭の紫陽花と牡丹は撫でます、私。
a音の頭韻も効いていますが、リズムもあると思いました。
あたま/撫でる/紫陽花の/頭  3/3/4/3
紫陽花以外は3音で揃えていますよね。
それが軽やかなリズムを生むとともに、4音の紫陽花がクローズアップされる効果も持っていると思います。
3音で刻む句は自由律ならではですよね。良いです。

Re: 第91回俳三昧02 - 吉明

2020/06/17 (Wed) 17:04:47

読み心地の良さは俳句の魅力の大きな要素です。それだけでスッと心の中に入ってきます。「紫陽花の頭」いままで気づきませんでしたが、言われてみれば確かにそのように思えます。何気ない発見が息づいています。

Re: 第91回俳三昧02 - 田中耕司

2020/06/16 (Tue) 14:23:42

最初の仮名でのあたまで子供を感じた。そしたら紫陽花が出てきてそういうことではないんだよって言われているような感じがした。ただ、そう感じているだけだが少し重たくなっているのではないのかななんて思っているよ。

Re: 第91回俳三昧02 - 秀雪

2020/06/16 (Tue) 12:29:12

頭に紫陽花がふっと触れたような、子供のあたまを優しく撫でるような、いずれにしろ、ふわっと優しい気分になります。人それぞれの読み方で、様々な場面に対応した秀逸の作品ですね。
聡さんのおっしゃるリフレイン、確かに効いています。
あたま、頭、の表記も様々なイメージを想起させる装置のような役割をしているのかも。

Re: 第91回俳三昧02 - 石川聡

2020/06/14 (Sun) 01:27:28

海紅誌にも素敵な写真を沢山載せてくれている直弥さん。この句は写真を撮る人の目線の句を感じます。

眼差しが紫陽花の頭を往ったり来たりして、撫でていると取りました。あたまの平仮名と漢字の使い分け、それからリフレイン。これがすっきりまとまっているように感じるのは、a母音の頭韻がきっちり効いているからだと思います。

第91回俳三昧01 - 俳三昧

2020/06/12 (Fri) 15:33:06

ぎゅっとにぎったしろつめくさの髪飾り   耕司

Re: 第91回俳三昧01 - はるか

2020/06/27 (Sat) 20:11:42

ぎゅっと握っちゃうの、ちっちゃい子によくある感じですね。「髪飾り」だけ漢字で、そこにフォーカスされるという直弥評良くわかります。
いろいろ言い方がある中で「しろつめくさ」「髪飾り」を選んでくるところ、ぐっと来ますね。シロツメクサでもクローバーでもない。花冠ではない。
しろつめくさの髪飾り、憧れのやさしいお姉さんに作り方を教えてもらった昔(昭和!)を懐かしく思い出しました。

Re: Re: 第91回俳三昧01 - 秀雪

2020/06/24 (Wed) 19:13:25

作意のない一句!
自解の情景は、たぶん中々思い浮かばないと思います。ですが、この句が読み手それぞれの心にすっと寄りそうのは、この「作意のない」ということによるのでしょうか?
俳句の奥深さを思わずにはいられません!

Re: 第91回俳三昧01 - 田中耕司

2020/06/24 (Wed) 10:27:29

毎日出かける公園には五歳くらいの子が一番上で三歳くらいの子まであっちこっちふらふらしながら歩いてくる。つい先日、三十位だと思うのだが保母さん(今は違う名前かもしれないが)公園のしろつめくさを見つけて髪飾りを編んでいた。一番小さな子がそれをもらってほかの子たちにとられると思ったのか髪につけずに、ぎゅっと握っていた。保母さんは次々作って皆に渡していたので問題はなかった。昔を思い出して懐かしくてすっと一句が出来た。こんな作意のない一句を心がけていきたいと思った。

Re: 第91回俳三昧01 - 直弥

2020/06/24 (Wed) 09:44:45

句のほとんどがひらがなで、漢字を結句に持ってくることでカメラのピントが「髪飾り」にぐっとフォーカスされます。
ひらがな=背景の効果もあるでしょうか。皆さまご指摘のように、視覚表現として立ち上がる句です。

Re: 第91回俳三昧01 - 吉明

2020/06/17 (Wed) 17:52:54

何故、ぎゅっとにぎったのだろう、そこには何らかの強い感情が有ったのだろうと推察しました。秀雪さんの云う映画のワンシーン、悲しい物語のプロローグにも思えました。

Re: 第91回俳三昧01 - 秀雪

2020/06/16 (Tue) 12:46:59

ぎゅっとにぎったのは誰でしょうか。今の子供たちは、しろつめくさの髪飾りはあまり作りませんね。しかも作るとしたら女の子。
これは何か、映画のワンシーンを観ているようです。やわらかい草の香りが微風に運ばれてきますね。この女の子は世界に称えられています。
または、たまたま落ちていたしろつめくさの髪飾りを拾い上げた作者が、ぎゅっと、遠い昔を懐かしんでいるような気もします。

Re: 第91回俳三昧01 - 石川聡

2020/06/14 (Sun) 00:44:17

子供俳句。うちの近所には、しろつめくさは生えてないですね。油絵の小品。あるいはクロッキーのような無駄のないギリギリのタッチの句。しみじみ来ます。時間の風化にも強い句だとおもいます。
自分を鑑みて、この心境にはいつになったらなれるものやら。。。

第91回俳三昧 - 俳三昧

2020/06/12 (Fri) 15:35:04

本日みなさまからの投句を公開いたしました。
表記に誤りが御座いましたらお知らせください。

第90回俳三昧03 - 俳三昧

2020/05/13 (Wed) 00:22:01

へたっぴいなうぐいすピアソラ思ったり   耕司

Re: 第90回俳三昧03 - 秀雪

2020/06/03 (Wed) 12:09:26

>こうさん
耕司さんのぎっちょの句、

バイバイって小さな手がぎっちょ

ですね。
私もこれ気に入っています。新春譜にも取り上げさせて頂きました。

Re: 第90回俳三昧03 - 田中耕司

2020/05/30 (Sat) 06:26:23

皆がいろいろ言ってくれてるけど、韻を合わせるとか、ばらんすがどうとかなにもかんがえていないんだな。この一句が出来たとき思ったのは、もしかしたらあこがれの利三郎さんだったらこういう感じで作ってたのかもしれないなんて思ったよ。人間誰にも自惚れってのがあるもんで利三郎さんに怒られちゃうかもしんないけど、あんな境地に近づけたらなんて思ってるよ。

Re: 第90回俳三昧03 - はるか

2020/05/26 (Tue) 14:01:02

これはとてもいいですね!
ウグイスにピアソラ?そう来たか!っていう爽快さがあります。

ピアソラ、一枚しか持ってないけど、大好き。
即座にリベルタンゴが脳内に流れました。

技術的なところについては聡評に譲ります。加えて、つなぎの助詞を徹底して削ってそれを感じさせないバランスはさすが。この辺りが軽やかさの秘密なのかなあ?結語の「思ったり」はこの軽やかさに合っているというか、軽やかさを醸し出している要素だと思いました。

Re: 第90回俳三昧03 - 田中耕司

2020/05/26 (Tue) 13:37:40

申し訳ない、一日早まっちゃたよもう、昼からぼけてるんじゃしょうがねえよな。

Re: 第90回俳三昧03 - 田中耕司

2020/05/26 (Tue) 13:29:08

少し前に三浦一馬ってバンドネオンの演奏家がピアノ、バイオリン、チェロの演奏家とピアソラの”ブエノスアイレスの四季”を放映すると聞いてその日は酒を我慢して時間を待っていた。共演した人たちは皆クラシックの一流の人たちで(例えばℕ響メンバーとか)さすがって感じだったけど、その三浦さんがバンドネオンてふいごのように空気を送って音を出すので人の呼吸に似ていると言っていた。学生時代の仲間の所に出掛けた時、未だうまく鳴けないうぐいすが聞こえた。その時へたっぴーだなって思った。でも待てよと思って、この間のピアソラの曲を聞いて人の呼吸だとすればピアソラだったらどんな風にこのうぐいすを曲に表すのかななんて思った。それでこんな風に流すような結句にした。

Re: 第90回俳三昧03 - こう

2020/05/24 (Sun) 13:07:16

恥ずかしながらピアソラを知りませんでした。でも大好きな句です。いつかは忘れましたが、同じく耕司さんの句で「ギッチョ」の句がありましたよね。あの句と同じような優しさを感じるのです。「ギッチョ」も「へたっぴい」もある意味相手を貶す言葉ですが、そんな印象は微塵も感じない。作者の大きな愛を感じます。それは対象をよく観察し、相手を愛でる作者の心を句を通して読者が感じるからだと思います。秀雪さんや聡さんの韻律の話がそれを裏付けていると思います。

Re: 第90回俳三昧03 - 石川聡

2020/05/23 (Sat) 22:07:50

ウグイスとピアソラなんて、なかなか思いつかない斬新な取り合わせだなとビックリしながらも、なるほどーと思っちゃう説得力がある句。

句の調べも、やさしくて初々しくて懐かしい感じがするのは不思議です。

ウグイスの鳴き声が、低音から高音へ三度くらい?音程が跳ねるところと、アルゼンチンタンゴの伝統的な演奏の旋律でも、途中で数度音程が跳ねてアクセントを響かせるところ、イメージ的に同調するのかなと。

ピアソラは、クラシックの演奏様式でできる曲を作っていて、楽章がある曲も作曲してます。

耕司さんの詠んだウグイスは若い鳴き初めたばかりのウグイス、それからだんだん慣れてきて、最後には堂々とした老い鶯の声に移行していきます。それはピアソラの曲の楽章的な移り変わり(時間経過)と捉えて読むと実に滋味深い句だなと。

結語をうぐいすで切ってしまって体言止めにしない点、思うと動詞の言い切りの形にしなかった理由は?

「思ったり」と流す形の結語にして、これからも聞き続けていくよという継続感の余韻を持たせるためとうけとりました。

うぐいすのイ、ピアソラのピ、おもったりのリ、節ごとの(i)母音が全体の韻を支えているところも貫徹性があっていいと思いました。










Re: 第90回俳三昧03 - 秀雪

2020/05/20 (Wed) 22:19:28

由紀さんの評から、「思ったり」の主体がピアソラだったら、それはそれで面白いなと思いました。ピアソラはタンゴを主体にジャズやあらゆる方面に影響を与えています。が、ピアソラ自身も色々なものから影響を受けているはずです。へたっぴいなうぐいすの鳴き声に、強烈なインスピレーションを感じ取っていたとしても、不思議ではありませんね。

Re: 第90回俳三昧03 - ゆきこ

2020/05/20 (Wed) 15:22:17

へたっぴいなうぐいすはいいですね。
作者しかできない表現ですね。
ピアソラ、調べてみました。どんな音か聞いてないのですが、きっとすごい演奏なのでしょう。
最後の思うは、作者自身が思う気持ち重なっているのかな?と感じました。

Re: 第90回俳三昧03 - 由紀

2020/05/20 (Wed) 14:00:34

「へたっぴい」の響きそのものが、うぐいすの鳴き方に重なりますね。
「思ったり」の動作主は誰なのでしょうか?
それが作者ならば言わなくても伝わるような気もしますが、意図が気になります。

Re: 第90回俳三昧03 - 吉明

2020/05/19 (Tue) 06:46:12

私は幼い頃から何をやってもさんざん言われてきたのが「へたっぴい」ですので、他人事とは思えない愛着を感じます。「へたっぴい」には優しく温かな親しみの情を感じます。ピアソラを聞いたことが無いので、耕司さんがどうしてピアソラを思ったのか分かりませんが、秀雪さんと同じく「ぴいな」と「ピアソラ」が響き合っています。

Re: 第90回俳三昧03 - 秀雪

2020/05/14 (Thu) 15:29:20

へたっぴい、でグッと掴まれました。「ぴいな」と「ピアソラ」の「ピア」が上手く呼応しているように思います。
うぐいすの、ホーホケキョのホーの部分に、ピアソラのアコーディオン(あれ?バンドネオンとか言うんでしたっけ?)を思ったのでしょうか。
ウグイスとピアソラ(タンゴ!)の組み合わせは流石です。しかも今月は見事な耕司さん節全開ですね!ありがとうございます!

第91回俳三昧のお知らせ - 俳三昧

2020/06/03 (Wed) 11:13:33

皆さまこんにちは。

6月俳三昧のお知らせを致します。

投句締切:6月10日(水)
投句宛先:メールでご連絡したアドレス

吉明宛に一句お送り下さい。

その後のスケジュールは以下の通りです。
~23日(火)句評
24日(水)~月末までに自解・意見交換・纏め

皆様からの投句をお待ちしております。

*吉明からのメールが届いてない方は、恐れいいりますがお知らせください。

第90回俳三昧02 - 俳三昧

2020/05/13 (Wed) 00:19:56

てわけして せ←つ↓な↑さ→( )する   聡

Re: 第90回俳三昧02 - 石川聡

2020/06/01 (Mon) 19:54:30

コロナ句です。特にてわけしての語がコロナ気分でした。コロナ読みじゃなくても成り立つようには考えたつもりです。秀雪さんの読みが近い感じです。

てわけしてが混乱を招いたようなので、


    せ←つ↓な↑さ→(  )する


に絞ろうかと思います。
みなさまのコメント感謝いたします。






  
    
   

Re: 第90回俳三昧02 - はるか

2020/05/26 (Tue) 12:50:51

➝は最初、フリック入力かな?と思いましたが、➝の向きが合ってなかったので違いますね。

そこで考え直しました。矢印の向きは上下左右。つまり切なさは全方位に遍在する、という意味では?

( )する は全方位にある切なさをぎゅっとまとめて名付けるとか、圧縮するとか。因数分解のニュアンスもあるかも。

「てわけして」が問題ですが、これは自分だけが主体なのではなく、誰もがそれぞれにそういう作業をしている、と示しているのではないかな、と読みました。

かなり無理やりに解釈してみた感じです。
自解を楽しみにしています。

Re: 第90回俳三昧02 - こう

2020/05/24 (Sun) 12:52:49

「てわけして せ←つ↓な↑さ→」だけでももう十分面白いと思いました。「( )する」で更に畳みかけますか!って感じです( ;∀;)。
でもこういう試行って大切ですよね。ここからまた何か生まれるかもしれないし、自分も刺激を受けます。

Re: 第90回俳三昧02 - 秀雪

2020/05/20 (Wed) 22:06:39

もしかして、この句は人間ではなく、AIが試みた自由律俳句なのでは?人智を超えつつあるAI、ならばこの先もっともっと不可解になり、いずれ人類は置き去りにされてしまうかも知れない、そんな恐怖をも感じます。シンギュラリティーの予感に、茫然としてしまいそうです。


Re: 第90回俳三昧02 - ゆきこ

2020/05/20 (Wed) 15:30:14

面白いですね。
自由律俳句の可能性をとも感じますが、美術もそうですが、視覚障害者の鑑賞の場合、➡の向きを伝えるのかなと思いました。
何が正解なんてないと思いました。

Re: 第90回俳三昧02 - 由紀

2020/05/20 (Wed) 13:41:28

「てわけして」なので確実に複数人いるはずですが、人物同士の関係性もわからなければ、せつなさをてわけする理由もわかりません。
主体が不明瞭な中で動作だけは明確である点が、不気味であり面白いと思いました。

Re: 第90回俳三昧02 - 秀雪

2020/05/19 (Tue) 07:47:40

後半部分は何となく感覚的にわかるような。ただ、私も吉明さんと一緒で、「てわけして」で混乱しています。
ニュアンスとしては、皆で力を合わせてこの切ない時期を乗り越えよう、ってことなのでしょうか?でもなんか、違う気がします、感覚的に。
()は「せつなさ」を閉じ込めちゃうのか、押し隠すということなのか、でも切ないという気持ちは必ずしも悪いものでもないし。
まるで推理小説に出てくる暗号文ですね。また何かわかりましたら報告します。
それにしても、このような句が十句も並んだら、壮観ですが、逆に思考停止してしまいそうです(*_*)

Re: 第90回俳三昧02 - 吉明

2020/05/19 (Tue) 06:20:31

この句に関しては、「てわけして」で私は混乱してしまいました。「せ←つ↓な↑さ→()する」私にはもう失ってしまった意欲を感じました。切なさをこのように表現できるのかと驚きました。このような句をあと十句位見せていただけると、もう少しましな句評が書けると思います。

Re: 第90回俳三昧02 - 田中耕司

2020/05/15 (Fri) 13:21:22

この作品の記号をどう考えれば良いのか私には解らんよ。
手分けしてせつなさ( )する このかっこの中に何を入れるのかは読む側にまかされているのかな。矢印はテンションの高低差を言ってるのかな、自解を待つしかないよってとこだな。

第90回俳三昧01 - 俳三昧

2020/05/13 (Wed) 00:18:29

慈雨、卵中鎌たたむ幾匹ものかまきりよ   秀雪

Re: 第90回俳三昧01 - 太公望

2020/05/31 (Sun) 17:20:21

響矢ではなく「響也」です。

Re: Re: 第90回俳三昧01 - 秀雪

2020/05/29 (Fri) 12:28:42

耕司さん、ありがとうございます。
『一碧樓物語』の「大須賀乙字と碧梧桐」の中で、確かに「花野來し~」のことが触れられていますね。しかし、本文にもありますが、無中心論は結局のところよくわかりません。
要は、今も昔も、数多の自由律俳人たちは試行錯誤を繰り返しながら、それぞれの道を探っているのだなぁと気づかされました。
とにかく、折角海紅に入ったのですから、先輩方の様々な意見を聞き、考え、ひたすら精進するしかありませんね!
その先に、自ずと道が見えてくるのかも知れません。
重ね重ね、真剣に私の疑問に答えていただき感謝します。今後ともよろしくお願いいたします。


Re: 第90回俳三昧01 - 田中耕司

2020/05/29 (Fri) 06:38:01

少し気になったので私の知っていることを言っときます。まだ碧梧桐が存命の頃、一碧楼の弟の響矢(きょうやと読みます。)の作品で”花野来し”の一句を無中心の作品と言って無中心論というのがありました。私のはあまり興味がなかったのでまるで知りませんが一碧楼物語りとかには、詳しい記事があるのではと思います。もし興味があれば調べて見ると良いのかもしれません、本筋にはなりませんでしたが海紅の歴史の中に、今の若い人たちが興味を持つ、このようなことがあったと知るだけでも意味があるかと思います。

Re: Re: 第90回俳三昧01 - 秀雪

2020/05/28 (Thu) 21:38:27

こうさん、ありがとうございます。山崎まさよしさんの話、面白いですね🎵アングラな世界ではサビのない曲はたまにありますが、あんなメジャーな方がやっていたなんて!
その他、とても参考になりました。どんなにいい句材を見つけても、伝わらなければ失敗ですね。
皆さんをうならせるような作品を作りたい!と前のめりになるのでした。
本当に貴重なご意見ありがとうございました。

Re: 第90回俳三昧01 - こう

2020/05/28 (Thu) 13:28:29

「俳句においては、必ず視点を明確にしなければいけない」についてですが、(俳句の常識は分かりませんが)個人的には全然そんなことはないとないと思います。
「ぼんやりと感覚に訴えかけるような」句を見てみたいですし、僕も作ってみたいです。
10年以上前ですが、歌手の山崎まさよしが「最近の曲はサビに頼りすぎている」といって、サビが全く無い「全部、君だった。」という曲を作りました。ヒットこそしませんでしたが、じんわりとした感動が広がり、今でもたまに聴くほど好きな歌です。
サビ(明確な視点)がなくても、構成次第で感動を呼ぶ句は作れると思います。
ただ、今回の句に関しては、自分は「ぼんやりと感覚に訴えかけるような」感動ではなく「焦点がぼやけている」と感じたのです。
一般的な句論(常識)ではなく、個々の句ごとに是々非々で試みが成功しているかを判断する、というのが自分のスタンスです。
これからもよろしくお願いします!

Re: Re: 第90回俳三昧01 - 秀雪

2020/05/28 (Thu) 07:38:49

吉明さん、貴重なご意見ありがとうございます。
孤独、でもその先に何かが見えるのならばゆくしかありませんが、独りよがりはいけませんね。皆さまと意見交換しながら、海紅を、自由律俳句をもっともっと熱く盛り上げていけるよう、精進したいと思います。

Re: 第90回俳三昧01 - 吉明

2020/05/28 (Thu) 07:00:02

「色々やりたい年頃」その若さを素晴らしくも、羨ましくも思います。昔から言い伝えられている「海紅自由律俳句に於いて、こうでなければいけない、こうしなければいけないというものは何一つ無い」です。昔の人が散々挑戦してきた自分にしか作れない句を作ろうとするエネルギーは大切です。ただそれが伝わるか伝わらないかは別問題です。誰にも理解してもらえず、誰からも評価されなくても構わないという孤独を引き受ける覚悟があるなら思い通りの独自の道を進めばよいと思います。

Re: 第90回俳三昧01 - 秀雪

2020/05/27 (Wed) 22:47:34

見つけた!一碧樓の句で理想的な句!

時雨るゝ魚の中にてもえびは藻につく

こういうのが好きです。

Re: 第90回俳三昧01 - 秀雪

2020/05/27 (Wed) 12:37:24

今回の俳三昧は盛り上がっていますね。楽しいです。
さて、自解とまいりますか。
今回は色々云われるのを覚悟で投稿しました。
まず皆さまご指摘の、句材が多い、ということ。はい、こうさんの評の通りはじめは三句でした。では何故こんなにも詰め込んだのか。今回最も言いたかったことは、由紀さんの評にもありましたが「生命力」です。そのための表現としてまず韻律にこだわりました。前半「じうらんちゅうかまたたむ」と「う」で韻を踏んで流れをつくっておいて、後半「いくひきものかまきりよ」とKの子音で引っ掛かりを与え、力強さを出したつもりです。
ゆきこさんのおっしゃる漢字の多さについては、やはり重厚感を出したくての表記でした。でも自分としては、「たたむ」も「かまきり」も平仮名にしてあるので、バランスはそれほど悪くないのでは?と思っています。
あと、「慈雨」のあとの「、」ですが、この自粛生活で文字通りの晴耕雨読を実践する中で、慈しみの雨というものを強く意識しました。恵みの雨でなく、慈しみの雨を。「慈雨にたつ」という短律も考えたほどです。そしてその慈雨の中見つけたかまきりの卵がとても愛しく、思わず「慈雨、ああ卵の中のかまきりたちはどんな夢をみているのだろう、カマを振ったりしているのだろうか」とワンクッション置いたつもりの「、」でした。まぁ、これだけ?の意見があるということは、失敗なのかな。
それからもうひとつ、皆さまにどうしても聞いておきたいことがあります。
俳句においては、必ず視点を明確にしなければいけないのでしょうか。無中心というより、もっとぼんやりと感覚に訴えかけるような作り方はいけないのでしょうか。こうさんの評に「焦点がぼやけているように感じる」とありましたが、今回の狙いとしては、漠然とした生命への畏れと慈しみの雰囲気が伝わるか、でした。
はるかさん、とても丁寧なアドバイスをありがとうございました。色々やりたい年頃です(笑)どうかこれからもよろしくお願いいたします。
皆さまも真剣な評をありがとうございました。
もっともっと俳三昧を盛り上げていきましょう!
OH!

Re: 第90回俳三昧01 - はるか

2020/05/26 (Tue) 12:37:12

既に指摘されていますが、句の中に盛り込む要素が多いのですね。私も耕司さんにさんざん、おかず多すぎ!って言われたやつだと思いました。言いたいことがたくさんあるのは決して悪いことではありません。それだけ句材を発見できているということなので。

句作の際に、意味のダブる表現を見つけて削ることを心がける、中心になる句材をひとつ決め、残りは別の句に仕立てる、とかを考えていったら良いのではないでしょうか。

この句の場合、中心は卵中のかまきりですね。
ここにきちんとフォーカスされるように作ると良いです。

「卵中」から、何匹もいることはわかるので、「幾匹もの」はダブります。実物を見たことない人も、今はググると画像が出て来る時代なので、そこは読み手をもう少し信用していいと思います。どうしても複数を言いたいなら「かまきりたち」など、別の言い方を工夫しては。

句頭の「慈雨、」という表現は強すぎ、かまきりの印象を弱めてしまいます。句の中で「鎌」が一番鋭く硬い語として置かれるべきではないでしょうか。
使うならもっとやわらかい表現がいいですね。包み込むような雨、ということが伝われば、「慈雨」という語にこだわることはないと思います。

「、」を使う時は、効果があるか、自分の中に使うだけの必然性があるかが求められると思います。その上で試行錯誤してみて欲しいと思います。

いろいろ言いましたが、それだけポテンシャルのある句材だし、挑戦であるということです。期待しています。

Re: 第90回俳三昧01 - こう

2020/05/24 (Sun) 13:23:57

自分には焦点がぼやけているように感じてしまいました。「慈雨」にある生命の喜び、「卵中」にある繊細な生命の危うさ、「鎌たたむ幾匹ものかまきり」にある誕生を待つかまきりの静と来るべき動、どれもあまりに題材が素晴らしく、それぞれに分けて三句できてしまいそうです。どれも4番バッターなので少し渋滞しているように思えました。でも秀雪さんのオンリーワンな視点で作られたこういったスケールの大きい自然賛歌は好きです。

Re: 第90回俳三昧01 - ゆきこ

2020/05/24 (Sun) 12:54:13

少し漢字多く重く感じました。
慈雨、卵中と続く間の句読点の意味は?と感じました。
鎌たたむは面白い視点ですね。
そうゆえば、カマキリの卵も見てません。

Re: 第90回俳三昧01 - 石川聡

2020/05/23 (Sat) 21:31:52

お麩みたいな質感の卵の殻のなかに無数の卵があって、春の雨のころに孵化してくるんでしょうね。

冬の枯れ草に産み付けられた蟷螂の卵が、カラカラに乾燥して凩に吹かれているのを見ると、よくまぁ死なないで生まれたなぁと思いますよね。

自分の場合は「、」を使うのが一番不得意に感じています。「、」にするか一字あけにするか、空けないか、選択肢はあったと思うのですが、「、」を選んだ理由を知りたいです。

Re: 第90回俳三昧01 - 由紀

2020/05/20 (Wed) 13:51:57

雨粒(複数)→カマキリの卵の塊(複数)→そのなかのカマキリの実感、と、焦点の定まっていく過程が印象的です。
「生命」「粒」などにより、慈雨と卵のイメージが繋がり、生命力が景色全体を覆っているようです。

Re: Re: 第90回俳三昧01 - 秀雪

2020/05/18 (Mon) 15:29:40

耕司さんの、檀師が同じテンションで選句をするというお話は、とても面白いですね。
確かに、日によって(テンション!)同じ句でも、捉え方が変わってしまうことはあります。
勉強になりますが、すごい集中力を要しますね。

Re: 第90回俳三昧01 - 吉明

2020/05/16 (Sat) 05:51:48

以前、耕司さんに句作を続けてゆく上で一番大切なのは、言いたいことがどれ程有るかだと教えられたことが有ります。その点で秀雪さんの句はいつも言いたいことに溢れていて、大きな可能性を感じます。ただ一句を取り上げてみると、言いたいことが多くて却って何が言いたいのかが分からなくもなります。中心を定めない句の作り方もあるようですが、秀雪さんから戴いた自作のCDの様なフォルテッシモとピアニッシモのバランスが取れているとより伝わりやすい句になるのではと思いました。

Re: 第90回俳三昧01 - 田中耕司

2020/05/15 (Fri) 13:11:52

今月の参加者が少ないなと思っていたので評をつけるのを待っていたのだがもういいのかなと思い評をつけてゆきます。というのは、未だ元気だったころの檀師は、そのころは毎月千句くらいの句を選をしていた。そして、同じテンションで選ばなければ不公平になると言って一日中選句をしていた。私もそれに倣ってこの句会に臨んでいる。ということでこの作品だが、慈雨って言葉をどう考えるのかによって受け取り方が違ってきそうな感じがする。カマキリだからなってのが第一印象だった、ただまだ生まれていない卵の中のカマキリだからな。いづれにしてもこの作者の暮らしには自然にそっているんだなって思えるよ。おそらくコロナなんて何も気にしなくていいんだろうな。

第90回俳三昧05 - 俳三昧

2020/05/13 (Wed) 00:25:01

光よあらゆる美しい緑よ五月   はるか

Re: 第90回俳三昧05 - はるか

2020/05/27 (Wed) 21:56:21

五月って一番いい季節だなあと思います。
読みは「ごがつ」です。「さつき」はなぜだろう、使ったことがない。

さて、今回は迷ったまま出した句でした。
「あらゆる美しい緑」はこの時期、草や木の種類ごとに違った緑色が、日ごとに色合いを変えてゆく、そしてそれを五月の光が輝かせる、そういう光景を詠みました。「あらゆる美しい緑がある」という実感から始まっています。ゆきこさんに讃美歌と言っていただきましたが、五月という季節、萌えゆく緑への賛歌になるのかな?

迷った点は「美しい」と「よ」で、やはり見抜かれてしまいました。
皆さんの評から考えると、最後は「五月よ」で終わる方が良いのかなと思いました。「美しい」も「かがやく」「照らす」「萌える」などと差し替え可能か検討したり…。どうしたものか。

①光よあらゆる美しい緑の五月よ
②光よあらゆる緑かがやく五月よ
③光よあらゆる緑照らす五月よ
④光よあらゆる緑萌えゆく五月よ

う~ん。こんな感じで検討しているのですが、どうなんだろう?まだ迷っています。

Re: 第90回俳三昧05 - こう

2020/05/24 (Sun) 13:17:30

最近秀雪さんがTwitterで一碧楼の名句を紹介されています。その中で「よ」を使った句をまとめたツイートがありました。それを見て思ったのですが、「よ」って難しいですね。自分なんかが使うとどうもキザで臭くなってしまいます。この句はそんなキザッたらしさを感じません。やはり「美しい」です。それははるかさんの人柄を知っているからでしょうか。それと吉明さんの評にありましたが、自分も「五月」でぶつっと切れた感じがありました。

Re: 第90回俳三昧05 - ゆきこ

2020/05/24 (Sun) 12:41:05

よが2回あるので、讃美歌のように感じました。
作者はあえてその様にしているのではないか?と思いました。
五月の位置は、やはり最後でいいと思います。

Re: 第90回俳三昧05 - 石川聡

2020/05/23 (Sat) 21:10:07

五月以外の月を入れ替えられるか?
いや、やっぱり五月しかないだろうなぁと。
(東北という事を考えると)

五月の前に並べられた語群によって総合的に醸し出されるイメージやニュアンスが、五月を他の月に入れ替え難く固定していると感じます。

平明でしかも詩情に奥行きがあること。
自分の感動の純度を保ったまま、あまりいじらずにそれを抽出して詠むこと。

最近のはるか句にはそういった作句への態度や意図を感じます。

詠み手としてここまで心境が熟していない自分を鑑みると、難しいことだなとおもわされます。 

Re: 第90回俳三昧05 - 由紀

2020/05/20 (Wed) 13:22:16

初見では「美しい」の位置が気になりましたが(「美しい」を全体に係るイメージで想像したため)、
この「美しい」は光を受けた緑の姿と気づき、
整った構成だと気づかされました。

「あらゆる」に、様々な種類の樹木や、芽と葉の対比、あるいは緑の服をまとう人の姿などが見えました。
作者を取り囲む緑が作者を照らしている印象を受けました。

Re: 第90回俳三昧05 - 吉明

2020/05/19 (Tue) 05:59:58

はるかさんの思いや感動が素直に伝わりますが、自分には「五月」でぶつっと切れた感じが余韻まで止めてしまうように感じました。「五月」にも「よ」を付けるか、「よ」を二つとも外しても良いのかなと思います。

Re: 第90回俳三昧05 - 田中耕司

2020/05/15 (Fri) 14:02:45

秀雪説のあらゆる美しいについての思いは、私も同様に感じたが、私の暮らす横浜と違い、作者の暮らすところとではこう言いたくなるのだろうと思う。何度か出かけた東北の新緑はこう言いたくなるのだろうと思う。本当に新緑ってのは、真緑って造語したくらいだからな。”よ”の二つの方が気になったな。

Re: 第90回俳三昧05 - 秀雪

2020/05/14 (Thu) 12:58:52

深まる緑と強まりゆく陽射しへの感慨が、そのまんまダイレクトに伝わってきます。
「五月」の読みは、「さつき」でしょうか「ごがつ」でしょうか。「光よあらゆる美しい緑よ」までの韻律は心地よいので、やさしく「さつき」で締めたほうがいいのかも知れません。
ただ、「あらゆる」か「美しい」は、どちらか取れるかな、とも思いました。「美しい」は無くても、「光よ」で十分伝わるような気もします。

第90回俳三昧04 - 俳三昧

2020/05/13 (Wed) 00:23:29

皐月の空には象の鳴く   吉明

Re: 第90回俳三昧04 - 吉明

2020/05/27 (Wed) 06:16:08

コロナを意識したわけではありませんが、空は五月らしからぬ激しい風が吹き荒れていて、まるで象のあの悲しげな雄たけびに聞こえました。

Re: 第90回俳三昧04 - はるか

2020/05/26 (Tue) 14:10:23

今回最も読めなかった句。
「皐月の空」に晴天を感じないのは皆さんと同じ。
空に託した想いが漠然とし過ぎている印象です。

感覚的には寂しさ、切なさ、哀しみといったものを感じます。もしかしてコロナ句でしょうか?動物園の閉園もけっこうニュースになっていましたから。

Re: 第90回俳三昧04 - ゆきこ

2020/05/24 (Sun) 13:04:25

五月でなく皐月なので、青空ではないのかな?と感じました。
象の鳴くなので、それがどんな気持ちなのか?と想像しましたが、読みとれなかったです。白い雲が象の形に見えたのかな?とも思いました。今の状況なら悲しさ?

Re: 第90回俳三昧04 - こう

2020/05/24 (Sun) 12:57:24

一読してとっても気に入りました!象の動きが見えました。空→象→鼻先→象の鳴き声この視点の移動が無理なく自分の心に投影されました。切ないようでもあり、希望を託されたようでもあり、とても好きな句です。

Re: 第90回俳三昧04 - 石川聡

2020/05/23 (Sat) 21:22:00

「皐月の空」と「像の鳴く」の取り合わせがイイなぁと思いました。

映像と音像の取り合わせで、五月の青々とした空に、あのホルンのような像の鳴き声がすんなり響いてきます。

接続の語のみに絞って他の情報を一語もいれなかったところもいいなと。

接続も単なる「に」ではなく、「には」としたところ、五月の空だからこそ、と言う作者の想いがより盛り込まれているように感じました。

心象句でも、五月の空に浮かんでいた雲の形が像が鼻を上げて鳴いているような形だったと読んでも、いいなと。

Re: 第90回俳三昧04 - 由紀

2020/05/20 (Wed) 13:36:16

鳴いている象の感情や、象を見出す作者の感動の答えが込められている「皐月の空」と思います。

そう読んだうえで、「皐月の空」はどんな空かが気になりました。
読者により異なると思いますが、「五月の空」が晴天であるのに対し、「皐月の空」はそうとも限らない気がします。
個人的には翳りのまじる青空を想像しました。

Re: 第90回俳三昧04 - 秀雪

2020/05/19 (Tue) 17:51:52

「皐月」という表記から、私は必ずしも特定の五月を言っているのではないのでは?と考えました。漠然とした五月のイメージです。
「象の」ですから、「鳴く」のあとに何か含みを感じます。それは読み手それぞれに託されているのではないでしょうか?
例えば、
皐月の空には象の鳴く(聲のような悲しみがある)
とか
皐月の空には象の鳴く(がごとき明るさがある)
とか。
「象」をどう捉えるかで、意味合いが変わってきそう面白いと思いました。

Re: 第90回俳三昧04 - 田中耕司

2020/05/15 (Fri) 13:30:07

皐月の空には と言っているが五月ではなく皐月としたのは作者のどのような思惑なのか、そこで象が鳴くのだからな。象に鳴くはどうなのかなってのも思う。これも現在の世間の状況を思うとこれくらい乱れてしまったって言いたいのかな。なんか若いころの作者を思い出してるよ。

第90回俳三昧07 - 俳三昧

2020/05/14 (Thu) 10:18:48

文字より声が聞きたい   ゆきこ

Re: 第90回俳三昧07 - はるか

2020/05/26 (Tue) 15:22:34

この間、ゆきこさんと久しぶりに電話で話しました。二人でけっこうな時間喋って、やっぱり喋るっていいなと思いました。メールや手紙もいいですが、手間のわりに情報量が少ないと思う。あと、書く脳と喋る脳は微妙に違うところな気がする。

それから、男性は頭の中で論理を組み立てられる人が多いようですが、女性は思いつくままに喋り、喋ってみて理解する人が多いと思うのです。論理は外付けなのです。だから、「喋る」を封じられると、気持ちの整理もつかなくなってしまったりする。

まあこんなことはどうでもいいんです。じかに触れあうって大事だなあと思いました。ゆきこさん、電話ありがとう。

Re: 第90回俳三昧07 - こう

2020/05/24 (Sun) 13:01:31

本当にその通りですね。最近「肉声」の大切さを身に染みて感じています。Meetや電話など電波に乗った「声」を聴く機会が多くなりました。でもやっぱり「肉声」なんですよね。血肉が通った声を求めてしまいます。早く皆さんと会って句会やりたいなぁ。

Re: 第90回俳三昧07 - 石川聡

2020/05/23 (Sat) 21:46:28

この時期に読むとどうしてもコロナ句に読めちゃうけど、時事的な表現は一語もありません。

時間が経ってこの句を読んだら、秀雪さんの言うように普遍性のある句だなぁと思って読むこととでしょう。

誰の声が聞きたいのか?は読み手が想定して読む句ですね。



Re: 第90回俳三昧07 - 秀雪

2020/05/20 (Wed) 18:14:03

あらゆる時代においても通じる作品だと思います。手紙(ふみ)、メール、その他どんなツールがあろうとも、やはり生身として、あなたの前に居たい。そんな苦しい恋愛の句とも読めますし、またはバーチャルな世界が現実を凌駕しつつある現代社会への風刺とも読めます。
ムダがなく、すっきりと深い作品だと思いました。

Re: 第90回俳三昧07 - 由紀

2020/05/20 (Wed) 12:59:24

「聴」でなく「聞」であることに、直接会うことのなくなった今の情感が見えます。
「声が聞きたい」の裏には、顔を見たい・会って話したいなどの人に向けた思いが込められていると思いました。

普遍的な要素が強く、作者の姿が見えづらくなっている点が気になりました。
どんな時・誰の、などの声や状況の要素が入ると、「作者ならではの思いや姿」が鮮明になるのではと思いました。

Re: 第90回俳三昧07 - 吉明

2020/05/16 (Sat) 06:14:44

自由律俳句フォーラムで大賞を獲得した「不公平の舟に乗る」にしてもこの句にしても現実の現象を詠んでいるだけなのに説明的にならず、読み手の心に刺さってくるのは明確な詩になっているからです。現実の世の中で剥き出しの言葉を吐き出せば波風が立ち波乱を巻き起こしますが、句の中に限ればそのストレートな研ぎ澄まされた言葉が輝きを増します。

Re: 第90回俳三昧07 - 田中耕司

2020/05/15 (Fri) 13:52:51

今の世の中をよく表しているんじゃないかな。特にネットの世界での無責任な発言など、声も顔も見えないのだからどうにもやりきれないよな。それでもこの便利さは、もし無くなったら現在の世の中は立ち行かなくなるのだろう。まあこの一句は現状の不自由さを嘆いているのだろうと思っているがね。

第90回俳三昧06 - 俳三昧

2020/05/13 (Wed) 00:26:50

今見つけた草むしる   こう

Re: 第90回俳三昧06 - はるか

2020/05/26 (Tue) 15:03:55

最初に読んだときは正直、物足りない、普通過ぎる感じを持ちました。それでいて吉明評の「たくさんの言葉を省略した後の柔らかな余韻」も感じられたと思います。

「『むしる』という現在形の動詞にはすでに『今見つけた』ことが含まれている」という由紀評に拠るならば、内容的には「草むしる」しかないわけで、その辺りが物足りなさを感じたところでしょう。句会で指摘される定石に従うなら「草むしる」だけ残して「今見つけた」は削り、他の要素を足すべきということになります。

自解にあった「他の言葉との関係性から何となく時制がグラデーションする」から考えると、「俳句に詠まれた」時点で即座に時制は現在にスライドするという了解が俳人の共有感覚としてあるんですよね。

昨年、地元の俳句のイベントで世界俳句についての話を聞きました。世界俳句では短いことと、現在の時制で作る以外のきまりはないそうです。他言語で句作したことはないのでよくはわかりませんが、現在の時制で作ることで、読み手側がその場に立ち会ったかのように読める、詠み手と読み手が同じ時間を共有できる仕掛けということなのではと思います。

秀雪評、聡評の「哲学的アプローチ」面白いなと思いました。そこから思い出したのは、子供が中学生になったときのこと。それまで全く目に入っていなかったのに、我が子が中学生になった途端に、えっ?中学生ってこんなにいたんだ!と驚いたことです。意識しなければそこに存在していても、認識することはできない。この句の言いたいことは、そういうことなのかなとやっと納得がいきました。

推敲するにせよ、そのままにするにせよ、これだけ議論が沸き起こったのは大成功だと思います。良い句をありがとう。

Re: 第90回俳三昧06 - こう

2020/05/24 (Sun) 14:52:39

@由紀さん
俳句は字数が少ないですからね。どうしてもこういったムラ社会の「約束事」ができてしまいます。こういったものは仲間内での「共通言語」としては大変有益ですし、俳句を嗜む人が俳句を読む上ではとても役立ちます。これは良い点です。その一方でムラの外との乖離はだんだん広がっていきます。そして、これはそのまま耕司さんの指摘へと繋がっていきます。もっと日本語に素直でありたいと思うこの頃です。

Re: 第90回俳三昧06 - 由紀

2020/05/24 (Sun) 13:46:10

聡さんの仰る「過去を詠まない」は、「眼前直覚」ですね。
私の持った疑問も眼前直覚に基づくものでしたので、
こうさんの時制やトリガーの話は非常に勉強になりました。
こうさんも懸念されておりますが、眼前直覚が「俳句の世界だけに通じる「常識」」である傾向は否めません。
(こちらの句に「今を示すトリガー」がなくても、大体の句座では「今」と判断されます)
今回のこうさんの論考は、眼前直覚に対するものとして非常に意味あるものとなりうると思いますので、
機会があれば是非とも発表し、俳壇に一石を投じて戴きたいです。

Re: 第90回俳三昧06 - こう

2020/05/24 (Sun) 13:37:42

耕司さんのお話、最近本当にそう感じます。家族に限らず俳句や文芸に一切興味のない友人と話をすると色々なことを気付かされます。俳句の世界にどっぷりと浸かっていて、いつの間にか自分が忘れてしまった感情が蘇ってくる気がします。これは本当に大切な視点だと思います。
一方で、聡さんや由紀さんのような有識者の方々のマニアックな文芸論も大好きなのです(そんなつもりはない!と思ってらしたら申し訳ありません!)。それはやはり自分も俳句が大好きでオタク気質なところがあるからだと思いますし、俳句に興味のない人と同じ目線で句を作りたくはないからだと思います。そういった俳論や試行錯誤が俳句の可能性を前進させ、多くの「俳句に興味のないの人」を感動させる句が生まれると信じているからです。と、同時に独善的で排他的になってしまっては元も子もありません。
最近ニュースになっていますが自分は誹謗中傷は嫌ですが、愛のある批判や助言は大好きです。指摘されると大変勉強になります。ですので忖度のない議論が交わされるこの俳三昧も大好きです。
世間一般のフラットな視点と俳句をやる人間としての視座、これはどちらも重要で要はバランスなのだと思っています。

Re: 第90回俳三昧06 - ゆきこ

2020/05/24 (Sun) 12:31:13

草は綺麗なのにむしられるんだと思いました。
今見つけたの意味合いは時間が、瞬間的ととらえました。
深く読みとることは、どちらでも伝わればと思います。

Re: 第90回俳三昧06 - 田中耕司

2020/05/24 (Sun) 06:53:55

少し前に、こう君が奥方がすごく普通な感想を言ってくれたとどこかに書いていたのを思い出したので余計なことだとは思うのだが言っておかなければと思って、私の考えを言っておきます。今回のこの一句への発言で、皆がすごく細かい分析をしているのだが、世間一般の人たちは、本当に普通に感じたようにしか受け取ってはくれないし、それが普通なのだと言う心構えが要求される。そのギャップを自身の中でどう消化して、求められれば俳句を作っているものとしての意見を言うべきだと私は思っている。

Re: 第90回俳三昧06 - 石川聡

2020/05/23 (Sat) 22:37:24

ごめんなさい、訂正です。

a)とb)をつける位置を間違えました。
以下に訂正します。


a)草むしり、草取りという、最初から目的があって今見つけたから「むしる」=「引き抜く」という設定。

b)道端をあるいていて生えていた草を今みつけたので、草のある部分(例えば、花の付いた茎の上の部分)をむしったという設定。

草むしりの目的があった場合の今と、偶然みつけた草を今でニュアンスがかわるなぁと。

もしb)の設定で読むなら、むしるよりは摘むという方がすんなりいく気もします。

Re: 第90回俳三昧06 - 石川聡

2020/05/23 (Sat) 22:33:44

生きているという感覚と時間感覚のリンクを自分の中でじっと見ているような、哲学的なアプローチを感じます。

それと、何をしても「生きてるっていいなぁ」という充実感も感じます。


草むしり、草取りという、最初から目的があって今見つけたから「むしる」=「引き抜く」という設定。

a)道端をあるいていて生えていた草を今みつけたので、草のある部分(例えば、花の付いた茎の上の部分)をむしったという設定。

b)草むしりの目的があった場合の今と、偶然みつけた草を今でニュアンスがかわるなぁと。

もしb)の設定で読むなら、むしるよりは摘むという方がすんなりいく気もします。

話は全然変わりますが、
「俳句上達の9つのコツ」井上弘美著
という入門書を読んだ時、へ~?そうなの?
という記述に出会いました。

過去を詠まない(今を詠む)
 
句材、あるいは一句中に 
a)過去の時間
b)今の時間
の両方が含まれている場合は、b)今の時間を句の中心に据えるとうまくいきやすい

というような解説がありました。

また、定型畑の鹿又さんが句会に来た時、「俳句っていうのや今を詠むものだから。。。」という発言もあって、気になった部分もありました。



Re: Re: Re: 第90回俳三昧06 - 秀雪

2020/05/21 (Thu) 12:26:40

こうさん、
言い忘れました。
リフレインの方だと、精神的に追い詰められているような、より緊迫した雰囲気になりますね。少し怖くもなります。
どちらに決めるかは、こうさんの感情次第ですね。推敲楽しみにしています。

Re: Re: 第90回俳三昧06 - 秀雪

2020/05/21 (Thu) 12:20:00

こうさん、
むしりとる
いいですね。少しだけやさぐれ感がでますね(*^^*)

Re: 第90回俳三昧06 - こう

2020/05/21 (Thu) 09:26:32

>>由紀さん
そもそも日本語の動詞は時制というゲルマン語由来の概念にはそぐわない面があります。つまり「むしる」という動詞は現在だけでなく、未来、習慣、辞書形、、と活用することなく様々な意味が内包されているのです(俳句の世界だけに通じる「常識」とは異なるかもしれませんが…)。
では何故現在形のみでとってしまうかというと、やはり頭に「今」がついているからかと。そこが一種のトリガーとなり結論が生まれる。出発点と終着点が逆転してしまうのです。これは日本語のもつ大きな性質のように感じます。つまり他の言葉との関係性から何となく時制がグラデーションするという。。。(学校の勉強を大変よくされてきた証左だと思います!)
その上で自分にとっては「今」が非常に大切でしたし「見つけた」ことは「発見」でありました。(以下秀雪さんのコメントにて)

>>秀雪さん
秀雪さんの評にはいつも感心させられっ放しです。
自分で説明化できないからこそ句に託しているのですが、それを簡潔に(しかも魅力的に)解説してくださいます。もちろんイコールではなく、自分としては「むしる」で、もう少し残酷な面も句に漂わせたかったのですが、一方で秀雪さんの評を読んでなるほどー、と感心しています。
その上で、この句に込めた自分の思いをより濃くするのであれば、



今見つけた草むしりとる

か、

今見つけた草むしる今見つけた草むしる


のようにリフレインした方がいいかな、と考えています。

いずれにせよ、より試作できるきっかけを与えていただきありがとうございます!

Re: 第90回俳三昧06 - 由紀

2020/05/20 (Wed) 13:06:03

見つけなければむしることが出来ない、という前提があり、「むしる」という現在形の動詞にはすでに「今見つけた」ことが含まれていると思いました。
それを踏まえつつ敢えて強調した作者の意図が気になりました。

Re: 第90回俳三昧06 - 秀雪

2020/05/20 (Wed) 07:51:52

ついさっきまでは視界にも入らなかった草に、ふと気付く。草は見つける前からそこに存在していたはずだ。が、もしかすると、その草は見られることでようやく存在できるのではないか?
では、我々は?我思う故に我あり・・・
なんだか哲学的思考へと誘い込む、または禅問答のよう。
一見、それで?とスルーしてしまいがちだが、この句は意外とありそうでないタイプなのではないか、などと思ってしまいました。面白いと思います。

Re: 第90回俳三昧06 - 吉明

2020/05/16 (Sat) 06:34:45

ゆきこさんの動かしがたい原石のような句に対し、こうさんの句にはたくさんの言葉を省略した後の柔らかな余韻を感じます。読み手により様々な解釈が許されるのは、こうさんの心象が何かの象徴として表現されているからだと思います。

Re: 第90回俳三昧06 - 田中耕司

2020/05/15 (Fri) 13:42:45

私は常に”草”ってののすごさを感じている。特にアフリカの草原の再生スピードを見るたび思い知らされている。百万頭のヌーが通りすぎても翌日にはまた草を食べる動物たちがそこに来ても草は出てくるのだから。ただこの作者がむしっているのは、俗にいう雑草てやつだからな。どこにでもある日常の小さな出来事をとらえて一句に仕上げている。誰か偉い人が確か、一句は日常の中のほんの少しの変化を見逃さないことだと言っていたのを思い出したよ。

第90回俳三昧のお知らせ - 俳三昧

2020/05/13 (Wed) 00:16:13

5月の俳三昧のお知らせです。

投句締切:5月11日(月)
こう宛てに一句お送り下さい。

その後のスケジュールは以下の通りです。
~27日(水) 句評
28日(木)~ 自解・意見交換

皆様の投句をお待ちしております。

※メールが届いていない方がいらっしゃいましたら、恐れ入りますがお知らせください。
※俳三昧は海紅同人による句会です。
同人以外の方の書き込みはご遠慮くださいますようお願いいたします。

第89回俳三昧01(4月) - 俳三昧

2020/04/11 (Sat) 19:40:22

そのあとの優しい言葉さくら散る  吉明

Re: 第89回俳三昧01(4月) - 吉明

2020/05/03 (Sun) 07:21:06

ドメスティック・バイオレンスの被害に遭った人の気持ちです。

Re: 第89回俳三昧01(4月) - 直弥

2020/04/28 (Tue) 14:23:39

別れの句でしょうか。「優しい」「散る」が句に不思議な奥行きを与えているように感じました。

Re: 第89回俳三昧01(4月) - はるか

2020/04/26 (Sun) 21:21:37

「そのあと」とぼかしていますが、曖昧さをさくらが包み込んでいるようです。桜という句材の懐の深さをうまく生かしている句と思いました。

Re: 第89回俳三昧01(4月) - ゆきこ

2020/04/26 (Sun) 08:58:45

そのあとの優しい言葉、に少し違和感を感じました。優しい言葉の、言葉が実際にわかる方がいいのかと思いました。

Re: 第89回俳三昧01(4月) - こう

2020/04/25 (Sat) 23:34:54

「そのあと」に物語を感じます。「その」は過ぎ去ってしまった時間。無常です。無常の代名詞は桜。さくらの散り様は時に残酷を感じますが、そこには人の優しい言葉が似合います。すべてが溶け合った完成度の高い句だと思いました。

Re: 第89回俳三昧01(4月) - 田中耕司

2020/04/17 (Fri) 13:30:26

作者の想いは、さくらを平仮名にしているところにあるのかなって思っている。この作品の優しい言葉には、私は何というか意地悪な優しさを感じててしまうんで困っているんだな。昔の代官山の一句を思い出したよ。

Re: 第89回俳三昧01(4月) - 秀雪

2020/04/17 (Fri) 10:16:53

何のあとでしょうか?桜散る、ですので別れの場面でしょうか。
そんな場面での優しい言葉ほど、心に突き刺さるものはありませんね。


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